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Omotenacism for women女性のためのオモテナシズム

残念な人になっていませんか?~女性の服装~

2017年11月30日

女性いまさらですか、と言われそうですが身嗜みについてこのところ強く意識するようになりました。

実は私自身は若い頃はCAとして制服を着ていたし、それ以後の会社員時代はファッションブランドに勤務していたので、実は自由に服装を選んでいたわけではありません。

CAは身嗜みにルールがあってマニキュアの色から口紅の色まで基準がありましたし、ファッションブランドであればそのブランドの服やバッグを持つことが半ば強制されていたので選ぶ余地がありませんでした。

 

CAはともかく、洋服を扱う仕事であれば外部に対してのPRとして自社製品を着ることは必要でしょうし(広告塔になるかどうかは疑問ですが)、私は人事部にいて実は同じ会社の仲間に対しても自社製品を愛していることを示すために着用する必要がありました。ある意味、服装はビジネスの戦略ですね。

現在、独立してからは誰も私の服装に文句を付ける人はいません。それでも空気を読むほうなので(笑)クライアント企業の雰囲気やまた仕事の目的によって服装を変えるようになりました。しかしこれがなかなか難しいのです。

私の個性を出すために好きな物を着ればいい、と思ったり、いやいや自分なりの制服を決めてしまおう、と思ったり思考錯誤の日々です。

この年齢になってまだ悩ましい。というのも何を着ているかで、やはり私のイメージが決まるわけですし、コーチや講師として期待にあったイメージでないとお仕事が得られない場合だってあるかも知れないのですから死活問題です。

 

一方、企業に伺って研修を行う際には、身嗜みを指導することもあります。新入社員であれば、黒白はっきりつけたチェックリストで厳しい指導は出来ますが、時折、もうキャリアを積んでいる女性社員に対して「はっきり言って欲しい」というリクエストを幹部の方からお願いされることもあります。

自分の服装ですら悩んでいるのですから、これはさらに難しい。

しかし意を決してクライアント企業のリクエストに立ち、顧客目線もしくは同僚目線に立って見れば、はっきり言ってかなり「残念な」女性が多いと感じています。(ごめんなさい)男性はスーツやクールビズでもある程度のパターンがあるのですが女性はそれぞれだからです。

セクハラ、パワハラという言葉が頻繁に使われるようになってから、さらに他人の服装に突っ込むことは出来にくいのかも知れませんが、「お客様に聞いてみたことありますか?」「上司に何か言われませんか?」と尋ねたくなる女性もいます。

 

どのように「残念な」のかというと、オフィスなのにミュールを履いていたり昼間から胸や腕を出していたり(オフィスでは露出はしない)、男性社員がスーツなのにジャケットも着ていないフリルのついたワンピースであったり、髪の毛は無造作に束ねただけだったりなど、会社に行くのもスーパーに買い物に行くのも同じ服装ですか、今夜のデート用の服装ですか、と聞きたくなるようなケースです。女性は男性とは違って、不潔であることは少ないのですが、ルール違反は多く見掛けます。

 

洋服には世界共通のTPOがありルールがあるのですが、日本では注意をされることはあまりないので気付かないこともあるでしょう。

TVのニュース番組に登場する女性キャスターたちもかなり好き勝手な服装になっているのでお手本も少ないのが事実です。

さらに指摘が難しいのは、本人がオシャレと思っているのか、持って生まれたセンスがないのか、お金をかけたくないのか、知らないのか、区別がつかない点です。

 

ただ、いずれにしても言えることは、洋服のルールを無視している、そしてプロフェッショナルなビジネスウーマンとして見られたいという意識が欠如しているということでしょう。

ここが残念なのです。

せっかくプロフェショナルな意識と知識やスキルを持ちながら、そう見えていないことに本人が気付いていない。

もったいないと感じます。

前駐日大使のキャロライン・ケネディ氏が、信任状捧呈式で通常丈のワンピ―スを着用していたり、セーター姿で公式の場に現れたりしたことを、キャリア女ウーマンの服装が自由であることが公認されたと評している雑誌がありました。

しかし、実は欧米では洋服のマナー違反は、「あの人なら仕方ない。常識を知っていてわざと破るんだなあ」と納得される人物でないと出来ないそうです。つまり一般の人がやっても常識がないと笑われるだけだそうです。

 

何を着るにしても「この人なら仕事が出来そうだ」という印象を人に持ってもらえれば得です。

高価な服装やブランド品を身に付ける必要はありません。

しかし、仕事をしに会社に来ているのか、ついでに仕事に来ているのか、わからないような服装ではお客様の信頼を得ることも、周囲の尊敬を買うことは出来ないでしょう。

おしゃれは相手に自分を認めてもらうため。

プロフェッショナルなビジネスウーマンとして認められるために新年に備えクロゼットを見直してはいかがでしょうか。

 

参考図書;

世界に通用する公式マナー プロトコールとは何か 寺西千代子著 文春新書刊

(YK)

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オプションBを想定して

2017年10月22日

白い花束企業に勤めていれば、また企業に勤めていなくても仕事を持っていれば、個人的なことと仕事が両立しないことは多々あります。

それを両立させようとしているのが「働き方改革」で、「ワークライフバランス」は自分で工夫して得るのではなく、企業が様々な選択肢を用意して様々な考え方やライフスタイルの人が自分で選ん無理なくは働ける制度や仕組みが提案され、また実行されつつあるようです。嬉しい動きです。

しかし、制度や仕組だけでは、救われない個人的なことがあることに気が付きました。それは人間の感情です。そして想定外のライフスタイルの変化。

 

大変個人的な話題になりますが、私は先月母を亡くしました。高齢であったので覚悟もしていたし、本人も私も悔いない別れのはずでした。私は父を5年前に亡くしているので母の死についても心の準備は出来ているつもりでした。

しかし、今回、想定していなかった深い悲しみと寂しさに襲われて、今、戸惑っています。こんなに喪失感に襲われるとは・・・

 

他人は慰めるつもりで声をかけてくれます。「ご長寿ですからね」「そろそろ落ち着かれましたか」「もう一月ですか」。そう言われてその度に傷つく自分がいます。「長寿だってもっと生きていて欲しかったのに」「落ち着くわけがないでしょ」「もう一月、って毎日が私は悲しくて長いのに・・」

とはいえ声をかけてくれる人を責められません。私もこれまで、誰かを失くしたり、またペットを失った人に対しても無神経に傷つくことを言っていたのだと思うからです。

高齢の母の死をいつまでも嘆くなんて、自分でも情けないと思いながら気付いたこと。それは、やっぱり人は誰かのために生きているのではないかということです。皆さんは、誰のために働いていますか。私はそんなこと考えたことありませんでした。しかし、独身の私は、母を面倒みていたつもりが、実は母がいるから頑張ることが出来ていたのかも知れない。「お帰りなさい」と迎えてくれる人と場所がある、自分が元気でいることを喜んでくれている人がいる、それが実は支えであったことに気が付きました。

 

そんなときに書店で2冊の本が目に留まりました。一冊は、フェイスブックのC.O.Oのシェリル・サンドバーグの「OPTION B」です。「リーン・イン」で女性リーダーの姿勢を示した彼女ですが、2年前に夫を亡くし深い絶望の中から立ち直り書き上げた新たな女性へのメッセージです。

2冊目は日経新聞の文芸欄で取り上げられていた「遺族外来」という精神科医の書いた本でした。

 

この2冊を読んで、私の現在の状態は決して異常ではないと分かりました。お悔やみの声をかけられて、返ってむなしくなってしまったり傷ついて人が怖くなってしまう。それは、誰にでも起こり得ることで、しかし残念ながら経験してみないと分からない精神状態であり、そしてもちろん、個人差があるということでした。うつ病になってしまう人も多いとか。

私は幸いにも比較的、仕事の調整が可能な状態にあります。それでも、母の亡くなった翌日も葬儀の前日も仕事は予定どおり行っていました。看取ることができたことは幸せでしたが、そのために変更をお願いした仕事もあり、心のなかでは、「歌舞伎役者や舞台役者なら親の死に目もあわないでお客様のために演じるのに」と自分が甘いのではないかという気持ちに囚われています。

一方、悲しみの中で、仕事が忙しいことで否が応でも気持ちを切り替え、他のことに集中しなくてはならずに救われている部分もあります。

 

「OPTION B」のなかで、人は人生のネガティブなことに出会うと3つのPに囚われることが書いてあります。

Personalization自責化(自分が悪いのだと思うこと)Pervasiveness普遍化(その出来事が人生のすべてに影響すると思うこと)そしてPermanence永続化(その出来事の余波がいつまでも続くと思うこと)だそうです。

そんな状態では仕事は自信をもって望めません。シェリル・サンドバーグは、周囲の人の声の掛け方ひとつで、事態は改善すると言っています。「どうですか?」と聞くのではなく「今日はどうですか?」と聞いてあげる、そんな表現への気遣いだけでも人は救われるのです。

そして、もうひとつ、私の場合は母でしたが、夫や経済的なサポートをしてくれていた人を亡くした場合、人生への不安はさらに大きなものになるのです。精神的不安に加えて経済的な不安、そして子供がいれば子供を一人で育てる将来への不安が大きくのしかかります。それに対しての解決の道を示してあげること。また、同じ境遇であっても無事乗り越えた人との対話など。

フェイスブックのC.O.Oで社会的に成功していた人であっても、肉親の死を乗り越えるのは簡単ではないのです。誰にでも起こることで、そしてそうなったときの精神状態は自分でも予則不可能。

彼女は「LEAN IN」で家族がいて仕事を両立することを前提で女性の働き方を唱えていたことを反省し、そうでない人達のための働き方を考え始めているようです。

さすが、悲しみだけで終わらせない、それがリーダーですね。

 

さて、私自身は何ができるのか、まだ漠然としか考えられない状況です。

が、「働き方改革」と世間が盛り上がっているのであれば、時間や制度だけではなく、感情に優しい社会を目指すお手伝いをしたいと思います。寄り添ってくれる話を聞く人がもっと必要だと思うのです。

そして、とかく悲しみや辛いことは公の場では隠すことがプロフェッショナルと自分も社会も思う傾向があります。私もあまり「悲しい」などと言っていると世間から頼りないと信用されないのではないかと、実は不安に思いながらこれを書いています。

しかし辛くても悲しくても、プロフェッショナルは仕事の質には変わらないのも事実だと思うのです。プロフェッショナルだって、泣いてもいいし心も折れる、そう思える社会や企業になったらいいなあ、それを伝えて行きたい、と考えています。

参考図書;

「OPTION B] シェリル・サンドバーグ/アダム・グランド著 日本経済新聞出版社

「遺族外来」大西秀樹著 河出書房新社

(YK)

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失敗の受け止め方

2017年7月31日

margaret-thatcher-67746_960_720このところ女性政治家の話ばかりになりますが、先日、女性大臣と女性党首が辞任しました。

私は政治家の女性たちを、この最も保守的な世界において重責を担うのは、大変だろうなあ、辛いだろうなあ、自分であったらと置き換えて(図々しく)心境を察していました。

政治的なことや良い悪い、好き嫌いは別として、そういう立場に対する共感と同情です。

しかし、辞めた二人とも辞意表明のあとにニッコリ微笑んだのを見て「私とは違った・・」とあらためて女性をひとくくりにする危険性と違和感を感じています。

 

さて、思うように物事が進まなかったり失敗をしたとき、あなたはどのような反応を示しますか。

①運が悪かったと思う、②時機が悪かった、いつかまたやれるだろうと取りあえず忘れる、③自分の能力不足や準備不足を悔やむ、④他人のせいにする。

私は③の自分のせいにしてくよくよするタイプですが、これは私に限らず女性の多数にある傾向だそうです。

コーネル大学の心理学者ディビッド・ダニング博士の調査によると、難しい課題にぶつかって解決出来なかったとき、男性は「ああ、この課題は難しいぞ」と外的な要因にするのに対して、女性は「やっぱり私は優秀ではないんだわ」と自分のせいにする傾向が見つかったそうです。

男性は物事を受け流し、自分で背負いこまず「時と場所が悪かった」と考えるのに対して、女性は「私は何を間違えたのだろう」と考えこむそうです。

その結果、女性はもっと勉強しなければと完璧主義に走り、完璧になるまでは手を上げたり意見を言うことが出来ない。

何故、こうした男女差があるのかというと、どうも脳の作り方が影響しているようです。

女性は男性よりも脳を広く使った物事を考えるので、色々な要素を吟味して結び付けて考えてしまう傾向があるそうです。

だから、女性は共感力や強調性があり、直感も働くそうです。

そう理解すると、女性が能力が不足しているのではなく、単純に女性がより深く考えているだけなのだと分かります。

気にしているかいないかの違いで、能力の差ではない。

じっくりと考える力は強みです。

他人のせいにする人よりは、自分自身を反省する人のほうが好感は持たれるのではないでしょうか。

 

さて、辞めた女性政治家二人について、ある女性評論家はこう表現していました。

「彼女たちの問題は能力のあるなしではありません。彼女たちに人がついて行くと思いますか? 誰もついて行かないでしょう?」

まさにそこだと思います。

どんなに優秀であるかは、経歴と発言からしか知り合いでなければ計り知れません。しかし、私たちは、どんな服を着て表情をして、話し方をして、どんな雰囲気を醸し出しているかから、その人となりを敏感に感じ取ります。

女性であるとか男性であるとかではなく、安心して着いて行きたい人であるか、信用出来る人なのか、を私たちは全身から発されるメッセージで判断しているのではないでしょうか。

 

組織で成功するためには、折れそうな心ではなく、鋼のような心が時に必要。

でもそれは、自分を必要以上に痛めない鋼の心であって、他人の痛みを感じない鋼の心であってはなりません。

優しすぎることはリーダーにとってはマイナスと思われていた時代もあります。

リーダーは、厳しい状況での判断が求められるから、優しさは邪魔と思われていたのかも知れません。

しかし現代のように「働き方」が問われ、作業がAIにどんどん置き換えられる時代であるからこそ、人間の感情がフル活用される必要があるのではないでしょうか。

感じることが出来ないならAIでいいのですから。

女性の感受性はますます強みになっていくでしょう。

 

まだまだ、ロールモデルが少ない女性リーダー。

女性を否定することでもなく、女性を売り物にするのでもなく、共感する心をもっともっと恐れず見せる女性が登場して欲しいと思っています。

(YK)

参考図書;

「ガラスの天井」が破れる瞬間ー女性の成功哲学ー シャロン・レクター著 さこ書房

なぜ女は男のように自信を持てないのか   キャティー・ケイ&クレア・シップマン著 CCCメディアハウス

 

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他人のふりから学ぶこと。

2017年6月28日

angry-2191104_1280性国会議員の罵倒が連日、TVを付けると聞こえてきます。

「ハゲー!!!」

あり得ないでしょう、こんな暴言、しかも手は出るしそれ以上に家族を脅すような発言には驚きます。

SNSでも色々な記事や人達が、エリートとして生きて来た彼女にはミスをすることが許せない、他人の痛みが分からない、上から目線の人なのだ、というようなコメントを書いています。

成功者でプライドが高いから自分がいつも正しいと思っている、というようなコメントが大半です。

 

しかし、私は少し違う見方をしています。

何故ならば、何度も聞いているうちに誤解を恐れずに言うのであれば、私もこんな風に上司に怒りをぶつけられたり、私自身が部下を罵倒した経験があったなあと思い出したからです。

まだ、若いCAの頃、ファーストクラスの朝食で卵料理を次々と失敗して、お客様に卵を出せないまま到着してしまったことがありました。

さすがに私も取返しの付かないミスだと自分自身でも情けなくなり落ち込みました。

上司のパーサーは、そんな私の傷に塩を塗るように「大金を払っているファーストクラスのお客様に、卵も出さないで飛行機を下すなんて、なんて失礼なんだ!私のお客様になんということをしてくれたんだ!」とそれこそ私は生きている権利はない人間であるかのように一時間以上、制服を着たまま到着後のオフィスの片隅で、火山のように爆発したように怒鳴り続けました。

最後はちゃんと会社に報告されて、出来ないCAの烙印を押すことも忘れていませんでした、、、

 

そして会社員時代には、改築した本社をお客様にお披露目するというときに部屋の準備が完璧でなかったということで、外国人の上司に英語でいうところの4文字単語でののしり続けられたこともありました。

「君はどんなに大切な機会であったかを理解していない。二流の会社だと思われたかも知れない! 〇X〇X!! 〇△?✖!!!!」

ひどい言葉が続いて、そのときは、周囲の同僚のほうが私が会社を辞めるのではないかと、心配して青くなっていました。

どちらも共通するのは、二人ともお客様に対して真剣であったということです。

二人とも、誰にでも間違いがあるのは、わかっている上司たと思います。

それほどまでに怒らせたのは、何故大切なお客様に対して、自分と同じくらいの全力を尽くして仕事にあたらないのかという怒り、そして大切なお客様に失敗をしてしまったという悔しさ、だと思うのです。

こういう上司は、得てして完璧主義であり、本人であればきっときちんとやり遂げる人です。

他人の痛みが分からない、相手が自分のように仕事が出来ないことを理解出来ないのではなく、自分と同じ高い目線を持っていないことに対する怒りだったと私は受け止めました。

私自身が部下を怒ったときも、お客様に対してお詫びのしようのない間違えをしたときでした。

こみあげてくる感情はくやしさ。

何故、この想いを共有してくれないのか、相手に失礼なことをしてしまった、という怒りでした。

と考えると、この議員が秘書が相手先を間違えて大切な手紙を出してしまったことにこれだけ怒り心頭するのは、少し理解が出来る気がします。

 

特に女性は受け流すのが苦手です。

起きてしまったことを何度も何度も繰り返し考えて後悔するのが得意なのが女性です。

私は東大出身でもエリートでもないけれど、お客様へ一生懸命しようとする気持ちが共有できない人には我慢が出来ません。

男性国会議員が「こんなの良くありますよ」と発言して撤回に及びましたが、真剣に仕事をしている人であれば、このような場面に遭遇したことはあるのではないでしょうか。

 

こうしたことが起こるとひとくくりに、人のバックグラウンドで傾向を語ってしまう危険を感じます。

もちろん、彼女の態度や言葉は、彼女が長い人生で身に付けた人間性を表しますからそこに人の上に立つ適性があったかどうかは疑問です。

 

どんなに悔しくても腹立たしくても、怒りを人にぶつけることは、人間関係を崩し、やがて自分に返って来ます。

何より怒りに向けられたエネルギーは大きい。

そのエネルギーをそんな無駄なところに使ってはいけないですね。

大きなビジョンに向かっている人、多くの人を動かさなくてはならない人は平常心を保つ習慣を身に付けることが必要ですね。

最近、他人に言われてやっていることは距離を置くことです。

何か起こるとせっかちな私はすぐに反応し、すぐに解決しようと、メールをしたり会おうとしたり。

しばらくほおって置くと、どうでも良いことに変わったり、不用意な発言をしないで済みます。

この議員さんも車の個室にいたから、余計な発言がエスカレートしましたよね。

繰り返しますが、彼女に非がないとは私は思っていません。しかし色々な見方をしなくてはいけないと思います。

 

働く女性は心を休める時間を持ちましょうね。

YK

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尊敬されるより好かれたい

2017年5月30日

女坂は途中で曲がって休み休み

先月、久しぶりに以前勤務していた会社に顔を出すことがありました。

たまたま用が出来たからなのですが、

退職して以来のこと、嬉しいよりも恐る恐るの気持ちで訪問しました。

というのも私の中では、管理職としてもっと社員を守ってあげるべきだった、

部下や他の部の社員に対してももっと出来ることがあったはずなのにとずっと後悔の気持ちを抱えていたからです。

今でも親しい部下はいるものの、きっと私が頼りなかったと不満を持っている人も多かったに違いない・・・

私は上の人ばかりを見ていたのではないか・・・

実は、そんな思いをずっと胸に秘めていました。

現在、他人にリーダーシップを説くような仕事をしているからなおさらです。

自分のいたらなかった点がよく見えています。

もちろん、成果を出したことも貢献したこともたくさんあるのですが、自分の経験からも部下はそんなことは見えていないことが多いもの。

あまり良い部長でなかったと思っているだろうなあと不安でした。

ところが、会社へ行くと、次々と私のほうが忘れかけていた人まで懐かしそうに声をかけてくれて近況を自ら語ってくれます。

家族の話までしてくれる人もいました。

なんだかとても意外で気が抜けました。

なーんだ、私が思うようなこと思っていないのかも。

彼らのなかではもう過ぎてしまった時代のこと、働いていれば互いに葛藤もあるけれど今は一緒に苦楽を共にした記憶になっているようでした。

 

 

女性は「尊敬されるより好かれたい」と思う傾向があるそうです。

人に好かれたい、感じのいい人でありたい、と思うそうです。

フェイスブックのCOOのシェリル・サンドバーグも「リーン・イン」の中で「ほとんどの人は、私もそうだが、人から好かれたいと真剣に思っている。好かれるのは嬉しいことだし、それに仕事でもプライベートでも、人に好かれることは大切だ」と書いています。

これは管理職になろうとするときの大きなネックとなります。

組織で働いていれば責任ある役職についたとき、誰にでも良い顔が出来ないし全員を満足させることは出来ません。

 

 

そしてもうひとつ女性の特徴として「考えすぎる」傾向があるそうです。

女性は本能的に、問題を解決しようとするより、くよくよと思い悩む傾向にあるる、何故自分はそんなことをしたのか自分のしたことがどのくらい上手く行ったか、それ以上にどのくらいひどい出来だったか、その評判ばかり頭の中でぐるぐるといつまでも考え続けるそうです。

まさに、私です。

だって、退職してからもう5年。

反省し続けていたのですから、笑えますね。

 

 

この考えすぎる傾向は、どうも脳の構造にあるようです。

男性は「時と場所が悪かった」あるいは「相手が悪かった」と流して次へ進めるのに対し、女性は反省し続けて自分を痛めて自信を無くしてしまうのです。

これでは管理職など出来ないし、管理職にならなくてもストレスばかりになります。

セラピストの友人の言葉に私はヒントをもらいました。

「今のあなたは過去のあなたとは違うでしょ。他の人だって過去と同じ人ではないのよ」

そのとおり、もう遠く過ぎ去った時間の中で起きたことを考えていても始まらない。

今の自分にだけ向き合わねば。

具体的には、夜眠る前には良かったこと、出来たことを考えると良いそうです。

以前、絵葉書にその月のビジョンを描いて眺めて寝ることをお奨めしました。

私は夜寝る前に、その絵葉書を眺めながらその日、未来に向かってできたことをあげて自分を誉めることにしました。

 

未来に向かって出来ることは何かを考え続けましょう。

過去の反省は、すでに血となり肉となって自分に身についている、

過去の自分の頭を撫でて、先に進みたいと思った5月でした。

(YK)

 

参考;

「LEAN IN」シェリル・サンドバーグ著 日本経済新聞出版社刊

「なぜ女は男のように自信を持てないのか」キャティー・ケイ&クレア・シップマン

CCCメディアハウス刊

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シンデレラの教訓から

2017年4月27日

女性に白雪姫限らず誰でも思考の枠を持っています。

また「こうあるべき」という自分自身や他人への

縛りも持っているのではないでしょうか。

 

先日、あるところで「良き妻ってどういう妻?」

という話題になりました。

「家事をしっかりやって、夫に尽くし夫をたてて・・・」

と言ったことろで、皆で笑ってしまいました。

本当にそう思っているかは相手に聞かなければ分かりませんね。

男性が10人いれば、求める良き妻の姿は10通りあるはずです。

「女子力」という言葉も「良き妻」に通じるものかも知れません。

「女子力」と言われてなんとなく、

誰もが納得出来てしまうのですから、

社会的な共通の枠を持っていると言えますよね。

 

こうした思考の枠はどこでどうして作られるのでしょう。

ひとつには、多くの女性が、子供の頃、童話やおとぎ話を

聞かされたり読んだりして育ちます。

物語への憧れの度合いは個人差もあるでしょうが、

ディズニーの映画や絵本で見た美しい女性のドレスと共に

記憶している女性は多いのではないでしょうか。

 

白雪姫、シンデレラ、眠れる森の美女、

なぜかどれも母親は継母で邪悪で、

それでも明るく一生懸命良い子でいると

素敵な王子様が助けてくれるというストーリーです。

しかも共通するポイントは、皆に好かれること。

見た目も可愛いこと。

そして得た幸せはかなり受動的な幸せです。

こうして、両親が積極的に情報操作しない限り、女性の枠は作られて行きます。

もちろん、中にはこうした枠に囚われない女性もいます。

ピンクは着ないし、ディズニーは嫌い、と。

それはそれで「女子力のなさ」を感じて自信を無くす人も作られるのです。

 

大人の皆さんは、残念ながらもう王子様などいないことは

分かっていると思います。

しかし、それでも女性は尊敬されるよりは好かれたい、

と思う傾向にあるそうです*

 

皆に好かれること。

これは社会生活においてはとても大切なことであり

組織で上手くやって行くうえには欠かせない要素です。

しかし、ビジネスの世界では皆の意に反して

意見を通さなければならないこともあります。

ここで矛盾が生じてしまうのです。

 

シンデレラも良くストーリーを見てみると自分の意志をはっきりと伝えています。

しかし、パーティに行きたいと言えば、笑われてあしらわれ

ガラスの靴の持ち主を探しに来たお城の召使に会おうとすれば

継母たちに拒否されひどい下働きが待っています。

静かに探してくれるのを待つほうが結果は良いのです。

 

また、女性は男性よりもずっと若い頃から

自分の外見が気になり、全ての女性のうち90%が

自分の容姿の何らかを変えたいと思っているそうです。*

これもプリンセスの影響でしょうか。

いつも主人公は美しいのですから。

ちなみに白雪姫の継母は、若い白雪姫の容姿をねたんで

魔法をかけてしまいました。

若い時だけの話ではありません。

女性の美への執念は怖い。

そして、それはなぜかビジネスの世界でも続きますから

気にするのは、無理はありません。

(某女性大臣のフェミニンな服選びが話題になっていますが

何を着ても良いと思う反面、プリンセス思考かなと

余計な推察をしてしまいます・・)

 

美女と野獣が、美男と野獣という映画になったら

そんな偏見は思いこみである、という

強いメッセージになるのではないかと思うのですがいかがでしょう。

 

とはいえ、周囲を想う優しさや気遣いは

お姫様による影響だけではなく、女性の特性です。

精神分析医のダニエル・エイメン博士は

「女性の脳は男性の脳より活動的で、共感力、直観力、協調性、自制心、

そして適度な心配に関連している」

と述べています。*

これらは、まさに「おもてなし力」。

「女子力」ではなく「おもてなし力」としてさらに発揮していくには

何の損することはないでしょう。

強みなのです。

 

相手の気持ちを配慮し、全体の空気を察する力があれば

今、話題の大臣のような発言は出ないはずです。

そして現代のスピードの速い時代、

旗をふるだけではなく、それぞれのチームの個性を活かすリーダーには

間違いなく最も重要なことのひとつです。

 

ではどうしたら、「皆に好かれること」と「自分の意志を通すこと」

を共存させられるのか。

これは、私自身の課題でもあるのですが

また次回、お話します。

(YK)

*参考図書:「なぜ女は男のように自信を持てないのか」

キャティ・ケイ&クレア・シップマン著CCCメディアハウス発行

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職場に花を咲かせろと言われても・・・

2017年3月31日

職場の花毎月行っている女性対象の公開セミナーには

自ら手を上げて参加する方と

上司の指示で参加する方がいます。

セミナーの冒頭で「上司」「同僚」「自分」からの期待を考えてもらいます。

上司から言われて参加したという方に上司の期待を聞くとよくあげられるのが

ムードメーカーとしての役割です。

「職場の雰囲気をよくして欲しい」

「明るく振舞ってモーチベーションを見せて欲しい」

「人を育てて欲しい」

などなど。

ある方は「もっとにこやかな顔をしろ」と言われたと話し

仕事はきちんと成果を出しているのだから、、と不満を見せていました。

成果だけでは十分ではなく、女性にはチアリーダーの役割を求めている上司が

まだまだいるようです。

もっと言えば、「職場の花」が管理職になったら

花咲かおばさんになることを期待されるのでしょうか。

 

 

こうした期待に居心地の悪さを感じているのは

たいていが仕事をプロフェッショナルにとらえている女性です。

特に研究職の女性や職場での成果目標が明確である立場にいる方は、

自分の役割をきちんと行い、成果を出しているのだから

リーダーになったからと言ってそこを期待しないで欲しいというのが本音です。

「やることをきちんとやっているんだから、それ以外に何が必要なの」

そう思って当然です。

確かに、男性リーダーであったら「もっと笑顔で明るく振舞え」

などとは言われないでしょう。

 

 

考えてみると、女性は子供の頃からそのような期待を寄せられて育っています。

特に男女共学の学校であれば、女の子はやんちゃではなく従順で周囲へ優しさを示すことを

奨励され、勉強を一生懸命やっていれば褒められます。

どうも、企業で働く女性に聞くと、まだこの期待は学校を卒業してからも女性に対して向けられ続けているようですが

それに加わって自分のことだけではない、他の人も育てたり雰囲気をよくすることまで加わります。

(逆に女子だけの学校で育った女性には女性の役割は違和感があるのかも知れませんね)

またその上に、企業で働くには、論理的であったり戦闘的であったり、攻撃的に意見を交わす力も求められます。

社会におけるジェンダーの不均衡の種は小学校時代の教室でまかれている、と

米国の報道記者のキャティー・ケイは言います。*

驚くことに、日本だけではなく、多くの国の管理職の女性が相反する期待に戸惑っているようです。

 

女性であるからと言って、一人一人が異なります。

どうも一人の女性に全てが期待されているように感じます。

成果以外の期待をリーダーシップという名前のもとあからさまに期待をする上司と

(だってリーダーシップとは職場に花を咲かせることではないでしょう)

また期待に応えなければと敏感に感じすぎてしまう女性自身の特性、

双方がやっかいな課題です。

 

とはいえ、社会はやはり学校の延長ではありません。

一生懸命成果を出している、だけでは十分ではないのです。

てんこ盛りで寄せられる期待を理不尽と感じているだけでは双方に進歩がありません。

そこでもう一度考えて頂きたいのが、ドラッカーの5つの質問です。

1.私の使命は何か

2.顧客は誰か

3.顧客の価値は何か

4.私の成果は何か

5.私の計画は何か

 

職場は学校ではありません。

一所懸命勉強だけしていれば、褒められるわけではないのです。

自分が社会で使命を達成するためにすべきことは何なのか。

自分自身への期待は何なのか、

そう考えた時に、自分自身が変わらなければならないことは多いにあるでしょう。

他人の期待をただ受け止めるのではなく、

その期待のそこにある本当の目的、自分とも共通する道を探したいものです。

また、期待を感じたら自分へのフィードバックとしてそれを確認する作業、

これが自分を旬にし続けるために必要です。

 

全部を満たすことは誰だって出来ませんが

足りない点は何か、それを補うことは何か

相手の期待を知ることは自己変革への重要なヒントです。

YK

*「何故女は男のようい自身をもてないのか」キャティー・ケイ&クレア・シップマン著

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誰がやるの?自分でしょ!

2017年3月1日

Vision 葉書

3月の目標はこの絵葉書の裏に。

2017年も2か月が過ぎもう春ですね!

今年の目標や決意は着実に実行出来ていますか。

前回、才能よりも継続ということを書きました。

継続のコツは、必ず書くこと。

 

私は、年間のビジョンを気に入った絵葉書に書いて

デスクの上に置いています。

そして、それとは別に、毎月、

行動変革目標5個と達成目標5個をきれいな絵葉書の裏に書いて

ベッドサイドテーブルに置いて寝る前に確認しています。

この方法は、最近始めたのですが、

堅苦しいチェックリストより私には効果的です。

書いたことは言霊になって、自分に響きます。

 

例えば、先月の行動変革目標に「倹約する」がありました。

(今更、そんなレベルとはお恥ずかしいですが)

先日、ブランドのファミリーセールで素敵なジャケットを発見。

しかも70%オフ!

手に握りしめていたのですが、最後に会計をする時に

「倹約する」と書いた自分の字が頭に浮かび・・・

ジャケットはハンガーに無事、返却されました。

 

そんな小さな目標は何も書かなくても、

と聡明な皆さんは笑うかも知れません。

でも、そんな小さなことだから、意識しないと出来ないのです。

 

私は、セミナーや研修でアクションプランや目標の設定をお手伝いしていますが

私のセミナーの参加者は皆さん、優秀なのでカッコいい表現で色々と書いてくださいます。

「部のコミュニケーションの活性化を図る」

「部下育成を徹底する」

日本語はつくづく受動的な言葉だなあ、と思います。

主語なしで通じるのですから。

そこで、「誰がやるのですか」と尋ねると

沈黙になります。

「部下にやらせなければと思うのですが・・・」

という答もあります。

何度もお伝えしているのですが、自分は変えられるが他人を変えることは出来ません。

「あなたは何をするのでしょうか」

と尋ねると、答えが出てこない方が多くいます。

自分の行動に落とし込むことは難しいのです。

 

もっと大きなビジョンについて考えてもらおうとすると

「家族と幸せに楽しく笑顔で暮らしていたい」

よくわかります。

でも幸せな状態ってどういう状況でしょうか。

漠然としていますよね。

そのために今、何をあなたはしなければならないのでしょうか。

となると、答えは中々出てきません。

 

そこで、こんな質問を自分自身にしてはいかがでしょうか。

「今日一日、私はチームのために最大限努力をしたか」

「今日一日、私は家族の幸せのために最大限努力をしたか」

「今日一日、売上目標達成のために最大限努力したか」

そう考えると日々、やるべきことが見えて来ませんか。

能動的に、日々の積み重ねが未来を作る!

春を迎えて、充実した3月となりますように。

 

参考図書;「トリガー自分を変えるコーチングの極意」マーシャル・ゴールドスミス 日本経済新聞出版社

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まだ花開かせるために。~才能よりも継続~

2017年2月1日

日記帳

 

「1年間、日記をつけ続けることが出来る人は将来何かを成し遂げる人。

10年間、日記つけ続けた人は何かを成し遂げた人」

という言葉を誰かに言われました。

私自身は、8才から24才までほぼ毎日、日記をつけ続けていました。

あまり優秀ではなかった私の子供時代のエピソードで、

唯一自慢出来ることです。

しかし、では、その後、私が何か成し遂げたかというと特に普通の人生であり

それがどう役に立ったのか分かりません。

単に勤勉であることを奨励して言われたことなのでしょう。

 

しかし、今、世間で流行っている本「GRITやり抜く力」を読んでみると

この継続する力というのは、馬鹿にしたものではなさそうです。

この本では、生まれ持っての能力だけでは成功できず、

同じことを継続し続ける人が成功すると言っています。

どんなに失敗してもめげずに情熱を持ってやり続ける力が

どんな分野においても成功すると著者の研究結果を示しています。

確かに、私たちの知っているアスリートたちも

人一倍、誰よりも練習を行っていると自負している人が多いですし

ノーベル賞や文学賞などを取る人達も下積みが長く

それが果たして成功に結び付くか分からずにがむしゃらに

やっている人が多いですね。

毎日毎日、同じことを続け、重要なのは長い時間その時だけ頑張るのではなく

今日ダメでも根気よく明日も頑張ろうとポジティブに捉えることだそうです。

親がそれを奨励し続けていることも大切な要素だそうです。

 

そしてやり続ける動機となるのは

「それが本当にやりたいことなのかどうか」という情熱。

才能よりも「やり抜く力」というスキルが備わっていれば素晴らしい結果を導くそうです。

これには勇気づけられました。

もし、私に「やり抜く力」が備わっているとすれば

まだまだこの先にも何かを花開かせる可能性があるのかも知れない。

年齢を気にせずに、頑張ろうという気持ちになりました。

皆さんも一つや二つ、

振り返ってみれば、がむしゃらにやり続けることが出来た好きなことを

お持ちなのではないでしょうか。

だとしたら、まだ大丈夫。

それに火をつける情熱があれば良いのです。

 

私のセミナーでは、毎回、女性にビジョンを考えてもらいます。

しかし、あらためて本当にやりたいことは何か、有りたい自分の姿を描いてください、

とお伝えすると、それが描けない方が多くいらっしゃいます。

漠然とはあるのでしょうが、「こうなりたい!」「これをしたい!」

その意欲をはっきりとお持ちの方は少数です。

毎回、これは少し残念なことです。

日々、忙しい女性は「やりたい!」という思いよりも

「やらなければならない」ことが多すぎるのかも知れません。

まさに生活に追われてしまいます。

 

女性活躍推進のご担当の方などからも

仕事に意欲がある女性と生活の一部として流してやっている女性との温度差があり、

全員のモーチベーションを上げるのは難しいというお声も聴きます。

しかし、周囲がそうであればそれはもう今年はほっておきましょう。

情熱を持ってやりたいこと、仕事の上では何が自分を駆り立てるのか、

自分自身の「生きがい」「働きがい」をもう一度明確にしませんか。

子供がいるから、

時間がないから、

それを社会が会社が解決して欲しい、と思う気持ちは分かります。

しかし、実は情熱がありがむしゃらに生きている人には

道が自然と切り開かれるていることを

がむしゃらに挑み続けたことがない人は

気が付くことが出来ません。

 

どう育てられたかに大きく影響する「GRITやり抜く力」。

子供のいる女性であればなおのこと

ご自身で見せてあげることは、とても重要です。

母親である女性の生き方は、女性本人だけの物ではありませんね。

 

さて、日記どころかこのブログも定期的な継続が危うい最近の私ですが

日記の中に9才の自分が書いた言葉にびっくり。

「わたしの良いところはあまりないけれど、

自分の悪いところをなおそうとするところかな~」

他人を変えられないけれど自分は変えられる。

これも私が、コーチングで良くお伝えしていることのひとつです。

 

今年も自分を変えると決めてめげずに諦めずに努力を継続したいと思います。

ご一緒に良い年にしましょう。

YK

参考図書 「GRITやり抜く力」アンジェラ・ダックワース ダイヤモンド社

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彼女がフリーターから抜け出した理由

2016年12月2日

%e5%af%be%e8%ab%87先日、ある女子大のキャリアセミナーで、

某東証一部上場企業の女性の人事部長さんと対談を行いました。

彼女は、まだ30代前半で、高卒でニートとフリーターから一年発起をし

今のポジションに着いたという女性です。

大学浪人から、なんとなく就職の機会を逸しアルバイトを繰り返し

ぶらぶら何もしないでいるという生活から

何故、彼女が抜け出ることが出来たのでしょう。

 

気付きを得る。

それは、ある日、アルバイト先に出すための履歴書を書いていたとき、

年齢欄に「21才!」と書いて

「これじゃまずいだろう・・・」と愕然としたことがきっかけだったそうです。

同じときに、父親には

「お前は何一つ長続きしない」と烙印を押されてしまった。

普通であれば、そこで自分の学歴や足りない点を言い訳にして

右往左往する人が大半でしょうが

彼女の違うところは、目の前の仕事に真剣に取り組むことを決心した姿勢です。

 

目の前のことに集中する。

それまで販売員として地元のブティックでアルバイトをしながら

「都会のブティックの仕事が本当の仕事」と思っていたそうですが

とりあえず、自分に出来る目の前の仕事を真剣に取り組まなくては、

と気付くことが出来たのです。

真剣に取り組むと結果が生まれる、販売一位になり、そうなると仕事は面白くなる、

そこから彼女の仕事は変わり、あっという間に店舗は売上一番の店に。

その後は、ここにいては成長がないと判断すると、別の機会を躊躇なく求め続け気づくと

人事部長にまでなっていたそうです。

 

ビジョンを持つ。

彼女は皆が楽しく働ける会社が作りたい、と自分でも起業を考えていたそうです。

しかし、「楽しく働く会社を作ろう」というビジョンを持つ会社に出会い、

社長に共感し入社し没頭し、気付いたら上場するにまでなっていたそうです。

学歴や経歴は手段にはなりますがハンデではない、

「想い」を持たないことのほうがハンデなのだと彼女の話を聞いて感じました。

 

自分を変える努力をする。

スキルや知識がないことに関して、何をしているのか問うと、

得意でないことは得意な人の力を借りる、という答えが返りました。

そして、毎日、手帳にチェックリストを書いて、

自分が出来ている出来ていないをチェックして

成長をして来たといいます。

 

さて、女子大の講演にあたって、最近の女子大生は夢がなく現実的である

ビジョンなど持てない、という声も聞いていました。

しかし、よくよく注意してみると、今の若者の夢は私の世代のような物質的な成長ではなく

もっと社会的な壮大な夢を実は心に持っている人も多いように思います。

それを気づかせるチャンスを作るのが

大人のミッションだと教えられた講演でした。

(YK)

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