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Columnコラム

「おもてなし」と効率化

2018年1月16日

鉄板焼きの朝食

最近、温泉地にある高級リゾートホテルに泊まる機会がありました。オーナーは著名な経営コンサルタントで彼がプロデュースをした宿です。

そこで驚いたことは、滞在中、ほとんど人に会わないこと、でした。客室が新館と合わせても25室程度ですから客同士が顔を合わせないのは不思議ではないのですが、スタッフもいません。

数えてみて、会ったスタッフは送迎担当者、フロントで迎えて部屋へ案内してくれた人、チェックアウトの手続きをしてくれた人、レストランで給仕をしてくれた人、レストランの朝食係とシェフ、以上で、すれ違うこともありませんでした。

 

まず送迎。駅できちんとしたジャケットを着て迎えに来たのは従業員でしたが案内されたのはハイヤー。さすがハイヤーなんてすごい待遇、と思ったのですがよく考えれば自社で車を所有するのはコストがかかります。運転する従業員の人件費もかかります。この規模のホテルであればハイヤーを利用したほうが効率的で客からすれば心地よい送迎です。

 

部屋に入ると冷蔵庫はすべて無料で、カプセルのエスプレッソも各種紅茶も自由に飲めます。冷蔵庫には通常の一泊では十分な品数が入っていて、特に何かオーダーをする必要はありません。

その上、部屋のドアの横には宅配ボックスのようなドアがあって、交換したい食器やタオルをそこに入れて「交換してください」のボタンを押すだけで、フロントに電話をかける必要もなくスタッフに顔を合わせる必要もなくスムーズに新しい物が届きます。

そして部屋に置かれているものがすべて無料なのですから、チェックアウトの際にスタッフが冷蔵庫を確認する必要もないわけです。したがって、チェックアウトもスムーズで待たされません。

 

また大浴場を出た湯上り処でも、よく冷えた小さい缶ビールにコーヒー牛乳、スポーツドリンクが自由に飲むことが出来ます。無料ですからスタッフがいる必要はありません。冷たく冷えて美味しそうですから、他の物を頼みたいという天邪鬼な人は少ないでしょう。

 

夕食は食事処でするのですが、すべて半個室で時間での予約で、一人の担当者が付きっきりで給仕をしてくれます。誰かにドリンクを頼んだり他の人が運んできたりというわさわさした感じがありません。一方、担当者も客の様子を見ながらすべて自分が動いているのですから、他のスタッフとのミスコミュニケーションも起きないでしょう。

 

最後に朝食は、洋食を選ぶと鉄板焼きのレストランでいただきます。ここでもグループごとの客の間に仕切りがあって互いが見えず、鉄板焼きのプレートの前で一人のスタッフがすべてを出してくれます。目の前にいるのですから、注文を聞きに行って厨房へ戻る手間がなく、使用済みの皿はすぐに下げてもらえます。そして、卵料理も目の前で焼いてくれて客にとっては「私のために」という特別感が味わえます。ここでもマンパワーが必要ない仕組みになっています。

 

さすが経営コンサルタントの経営だけあって、効率的な仕組みを考えていると感心しました。

冷蔵庫が無料だからと言って、湯上り処に勝手に飲めるビールがあるからと言って、どれだけ人が飲めるものではなし、そこにかかる人件費を考えれば無料でも大した問題ではありません。

そして何よりサービスの質に不満を感じさせないのは、冷たいものは冷たく冷えて、グラスや器も一流の物が使われているからでしょう。部屋の冷蔵庫には、ビール用のグラスが冷やされていて、ジュース用、お水用とそれぞれに適したグラスがセットされています。

もっと言えば、あらゆるタイプの携帯・スマホの充電器も部屋にセットされているので、忘れた人がいてもフロントに電話をかけてあれこれ頼む必要もないわけです。枕のタイプも数種類。

これは、相当、客のニーズを考え抜いていると感じました。そして、何よりスタッフがその場にいなくてもその空間に客を想っているというメッセージを感じることが出来ました。

もちろん、スタッフは客の目には見えなくても陰で客のために働いているからこそ、その空間が保てるのです。

人がいなくても「おもてなし」の心は伝わるのです。

 

「おもてなし」と言うとすぐに「マニュアル化されていない心の接客」だとか「人と人とのぬくもり」だとか「接客に手をかけること」だと考える傾向があるように思います。

しかし「おもてなし」するためには、本当にお客様が望んでいることを考えて「しつらえ」を含めサービス全体をデザインすることが大切です。

このホテルでいえば、忙しいエグゼクティブが一泊で泊まることを想定し、そういう客であれば人のふれあいよりも自分の時間を大切に過ごしたいと考えたのではないでしょうか。

重要なのは、人がいてもいなくてもそこに気持ちを込めているかという視点。

最高のおもてなしと効率はメリハリをつけて、両立するヒントを得た旅でした。

(YK)

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おめでとう!でポジティブに

2018年1月5日

門松新年が始まりました。

一晩明けただけで何が変わるわけではないけれど、なんだか世間はご機嫌な雰囲気が漂います。

会う人ごとに「おめでとう」であったり「良い年を」と相手を祝福する言葉が交わされて、

SNSでもクリスマスの頃から、過ぎ往く年への感謝の言葉や新年を祝う言葉が、これでもかというくらい(笑)何度も何度も行き交っています。

「今年も宜しくお願いします」言われたら言い返し、もう既に言ったのにまた会えばまた言ったりして、新年が明るいのはこのポジティブな言葉の応酬が繰り返されるからではないでしょうか

ポジティブな言葉は誰をも元気にしてくれます。

 

今年、私は喪中で新年のご挨拶は控えていました。

喪に服してそれほど時間が経っていないせいもあるでしょうが、不思議なものでやはり喪中だと思うと「おめでとう」と言う気持ちにはならず、また「おめでとう」と言われるとやや感覚にそぐわない微妙な気持ちになります。

去年は一緒に過ごした家族がこのハレの行事にいないのですから当然と言えば当然です。が、私も経験するまでは分からない感覚でした。

かと言って「おめでとう」と言わないお正月はやっぱり寂しく気持ちも萎えます。世間がポジティブ全開の季節に取り残されるような感覚です。

そして、はたと気づきました!もしかしたらお正月に皆が浮かれるのは、この「おめでとう」というポジティブな言葉のせいかも知れない、と。

「おめでとう」に限らず「ありがとう」や「愛しているよ~」という相手への前向きな言葉は人を元気にします。

そしてお正月の「おめでとう」は言われたらそれに反論する必要もなく「おめでとう」と返せばいい。それだけでいい気持ちになれます。

言霊というけれど、やっぱり言葉の力は強い。

お正月だけではなく、こんな風に前向きな言葉を毎日交わすようにしたら、世間はいつもご機嫌になるのではないでしょうか。

 

もう一つの発見は、喪中のお知らせに対して返礼のお葉書を頂くととても嬉しい、ということでした。それは年賀状に勝るありがたさです。毎年受け取る年賀状は、習慣化されていて親しい人の近況をあらためて知る楽しいものです。そして、相手への気遣いよりは子供の成長やニュースを伝えるお知らせが多いように感じます。幸福の共有、これもお正月を幸せにしている要素の一つかも知れません。

逆に喪中欠礼への返礼は悲しみの共有です。しかし、それは、こちらを気遣う言葉にあふれていて本当に自分を思って筆を執ってくれたと感じ心に沁みました。私自身、そんな風に葉書を返したことがなかったかも知れないと教えられました。

 

なんだか新年早々、喪中なんて少し縁起でもない話になってごめんなさい。

年越しの習慣ひとつにも先人の知恵がちりばめてあることをあらためて感じます。

気持ちは明るく元気に2018年を迎えられた自分に「おめでとう」と思っています。

(YK)

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