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Columnコラム

他人のふりから学ぶこと。

2017年6月28日

angry-2191104_1280性国会議員の罵倒が連日、TVを付けると聞こえてきます。

「ハゲー!!!」

あり得ないでしょう、こんな暴言、しかも手は出るしそれ以上に家族を脅すような発言には驚きます。

SNSでも色々な記事や人達が、エリートとして生きて来た彼女にはミスをすることが許せない、他人の痛みが分からない、上から目線の人なのだ、というようなコメントを書いています。

成功者でプライドが高いから自分がいつも正しいと思っている、というようなコメントが大半です。

 

しかし、私は少し違う見方をしています。

何故ならば、何度も聞いているうちに誤解を恐れずに言うのであれば、私もこんな風に上司に怒りをぶつけられたり、私自身が部下を罵倒した経験があったなあと思い出したからです。

まだ、若いCAの頃、ファーストクラスの朝食で卵料理を次々と失敗して、お客様に卵を出せないまま到着してしまったことがありました。

さすがに私も取返しの付かないミスだと自分自身でも情けなくなり落ち込みました。

上司のパーサーは、そんな私の傷に塩を塗るように「大金を払っているファーストクラスのお客様に、卵も出さないで飛行機を下すなんて、なんて失礼なんだ!私のお客様になんということをしてくれたんだ!」とそれこそ私は生きている権利はない人間であるかのように一時間以上、制服を着たまま到着後のオフィスの片隅で、火山のように爆発したように怒鳴り続けました。

最後はちゃんと会社に報告されて、出来ないCAの烙印を押すことも忘れていませんでした、、、

 

そして会社員時代には、改築した本社をお客様にお披露目するというときに部屋の準備が完璧でなかったということで、外国人の上司に英語でいうところの4文字単語でののしり続けられたこともありました。

「君はどんなに大切な機会であったかを理解していない。二流の会社だと思われたかも知れない! 〇X〇X!! 〇△?✖!!!!」

ひどい言葉が続いて、そのときは、周囲の同僚のほうが私が会社を辞めるのではないかと、心配して青くなっていました。

どちらも共通するのは、二人ともお客様に対して真剣であったということです。

二人とも、誰にでも間違いがあるのは、わかっている上司たと思います。

それほどまでに怒らせたのは、何故大切なお客様に対して、自分と同じくらいの全力を尽くして仕事にあたらないのかという怒り、そして大切なお客様に失敗をしてしまったという悔しさ、だと思うのです。

こういう上司は、得てして完璧主義であり、本人であればきっときちんとやり遂げる人です。

他人の痛みが分からない、相手が自分のように仕事が出来ないことを理解出来ないのではなく、自分と同じ高い目線を持っていないことに対する怒りだったと私は受け止めました。

私自身が部下を怒ったときも、お客様に対してお詫びのしようのない間違えをしたときでした。

こみあげてくる感情はくやしさ。

何故、この想いを共有してくれないのか、相手に失礼なことをしてしまった、という怒りでした。

と考えると、この議員が秘書が相手先を間違えて大切な手紙を出してしまったことにこれだけ怒り心頭するのは、少し理解が出来る気がします。

 

特に女性は受け流すのが苦手です。

起きてしまったことを何度も何度も繰り返し考えて後悔するのが得意なのが女性です。

私は東大出身でもエリートでもないけれど、お客様へ一生懸命しようとする気持ちが共有できない人には我慢が出来ません。

男性国会議員が「こんなの良くありますよ」と発言して撤回に及びましたが、真剣に仕事をしている人であれば、このような場面に遭遇したことはあるのではないでしょうか。

 

こうしたことが起こるとひとくくりに、人のバックグラウンドで傾向を語ってしまう危険を感じます。

もちろん、彼女の態度や言葉は、彼女が長い人生で身に付けた人間性を表しますからそこに人の上に立つ適性があったかどうかは疑問です。

 

どんなに悔しくても腹立たしくても、怒りを人にぶつけることは、人間関係を崩し、やがて自分に返って来ます。

何より怒りに向けられたエネルギーは大きい。

そのエネルギーをそんな無駄なところに使ってはいけないですね。

大きなビジョンに向かっている人、多くの人を動かさなくてはならない人は平常心を保つ習慣を身に付けることが必要ですね。

最近、他人に言われてやっていることは距離を置くことです。

何か起こるとせっかちな私はすぐに反応し、すぐに解決しようと、メールをしたり会おうとしたり。

しばらくほおって置くと、どうでも良いことに変わったり、不用意な発言をしないで済みます。

この議員さんも車の個室にいたから、余計な発言がエスカレートしましたよね。

繰り返しますが、彼女に非がないとは私は思っていません。しかし色々な見方をしなくてはいけないと思います。

 

働く女性は心を休める時間を持ちましょうね。

YK

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ハンカチと豚の貯金箱

2017年6月18日

実は先日、贈り物で失敗をしました。

香港の仕事先の女性が転職するというので、いつもお世話になっているお礼のつもりで書類を送る際にあわせてハンカチを贈ったのです。

地元横浜のブランドの美しいハンカチ。

彼女はすぐにメールをくれて「とってもきれい!ありがとう」

と言ってくれました。

 

さて、もう会えないつもりがやはり出張しなくては仕事が済まなくなり彼女の最終出勤の一日前に香港へ。

再び顔を見ることが出来て良かったのですが、全ての引き継ぎが終わった後に彼女が「これあなたに」と思いがけずプレゼントをくれました。

いつもクールな彼女がそんなことをしてくれるなんて、かえってハンカチで気を使わせたかしらと思いつつも嬉しくなりました。

「あけてもいい?」と聞くや否やその場でプレゼントを開けてみると出て来たのは金色の豚の貯金箱!

背中には福の字が書いてあるではないですか。

金ぴかの可愛い顔の豚・・・・

びっくりしてしまった私。

「わー、縁起が良さそう!、お金たまりそう!」

取りあえず言うと

「かわいいでしょう」

と彼女はにっこり。

そして「商売繁盛祈っていますね。会社が成長しますように!」と言ってくれました。

 

 

さて日本に帰国してから調べると、やはり金色の豚の貯金箱は風水グッズで中華系の人達には人気なようです。

中華圏だけではなく、豚は子だくさんでヨーロッパでも冨の象徴を表し、日本でも豚の貯金箱は人気なよう。

特に、金色は玄関に置くとお金が入ってくるそうです。

金の豚あらためて彼女の心づくしの品物に感謝。

ところが、それと同時に中華圏の人に贈ってはいけないものがいくつか書かれていました。

時計、傘、扇子、刃物、粽、ハンカチ・・・

え、ハンカチ!

お香典のお返しに使われるので永遠の別れを暗示して縁起がよくないと書いてあります。

私は豚で驚いたけど、彼女もハンカチで驚いたかしら。

知り尽くしていると思った香港でしたが私もまだまだ知らないことがありました。

異文化のコミュニケーション、気を付けなければ誤解の元になりますね。

 

ところで、彼女とのオフィスでの最後の別れ。

香港人は見送りをあまりしません。

彼女は4年の付き合いですが毎回、オフィスのガラスのドアを私が出るや否や背を向けて奥の部屋へと戻っていきます。

日本人の癖で振り向くと、彼女はそこにいない(笑)

最後くらい名残を惜しんでくれるかなあ、と今回も後ろを振り向くと既に彼女の立ち去る後姿がそこに見えました。

あっさりしています。

方法は異なるけど、商売繁盛を祈ってくれたことが

何より彼女の気持ちなんでしょうね。

多謝。

YK

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思いに寄り添うものの価値

2017年6月11日

advertising-1846054_1280来週は父の日。

何を贈りますか。

父のいない私は贈る相手のいない寂しさを感じます。

 

最近、断捨離という価値観が最近では重視されて

物はなるべく持たない、

そしてブランドなどという他人に見せるためのものはカッコ悪い、

物は機能を果たせば良いのであってそこにお金をかけるのは愚かである

というような風潮もあります。

そうした会話を耳にすると「分かっていないなあ」と紹介したくなるのがかつての上司に教えてもらった「物の価値」です。

たとえば、あなたが毎日毎日、手帳に予定やTO DO LISTを書きこんでそれを眺めることが重要なことだと感じているとします。

それだけであるならビニールの表紙であろうが紙のノートであろうが構わない。

それで特に問題を感じなければそれでいい。

ただ、毎朝、手帳を見ながら今日の予定に思いをめぐらす時

年月を重ねるごとに手触りがなじんだ良質の革に去年のことも思い出され

そして今日もまた頑張ろうと思う

そうした瞬間を大切にする人にとっては、自分の人生に相応しい手帳を選ぶだろう。

物は、機能であって、他人に見せびらかす必要もなく、ステータスを表す時代も終わったのかも知れません。

しかし使用するだけではなく、誰に贈られたのかいつ手に入れたのか、それを使って自分が何を感じるのか、

思いに寄り添ってくれる物は、いつの時代も誰にとっても大切でしょう。

思いに寄り添ってくれる物は捨てられない。

 

先日、友人が10年も前にが亡くなったお父様にあげた時計がまだ動いていると

自分で身に付けていました。

そしてそれをプレゼントした時の自分の気持ちも話してくれました。

ビジネスの景気が良い時だったので両親に高価なペアウォッチを贈ったこと。

お母様とお父様とでは性格が違って時計の扱いも異なり、お母様はすぐダメにしてしまったこと。

懐かしいほほえましいエピソードが友人の想いと共に語られました。

物がなければ、私はそのエピソードには出会えず、そしてそんな話を語る友人がさらに好きになりました。

形見。

そういえば亡くなった人の品物は「形に見える」形見。

見えないものは形に宿るわけですね。

 

さて、父の日、何を贈りますか。

YK

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人との出会いは真剣勝負

2017年6月1日

茶の湯

東京国立博物館特別展「茶の湯」

先日、週末に知人女性が主催をして女性ばかりのワークショップを行いました。

週末なるべく多くの女性に集まって頂きたいと価格は抑えめ。

それでもお茶とお菓子を用意したいと主催者の女性は準備に余念がありませんでした。

前日に彼女から打ち合わせの電話がありました。

「コーヒーカップが足りないけれどあるかしら?紙コップではね?」

私は、人数も多いしいつも他のセミナーでは紙コップはおろか、お茶も出ないところが多いので

「いいのではないでしょうか」と答えたら彼女からの返答はこうでした。

「だってオモテナシズムだし。テーマはココ・シャネルに学ぶ、だし。紙コップはないでしょう」

 

 

さすが、グローバルな数々のおもてなしを経験している先輩女性です。

私は電話のこちらでたちまち赤面。

おっしゃるとおり。

それはいつも自分が言っていること。

グラスひとつであってもブランディングには重要なのです。

おもてなしは細部に宿ります。

「ラグジュアリーは裏も表も美しい」とはココ・シャネルの言葉です。

結局、全て陶器の食器を準備していただきました。

毎回、セミナーをする時には「一期一会の気持ちで、お互いにベストを尽くしましょう」と言いながら、ついつい細部を見逃していた私。

もし、ここに皇室の雅子様が出席するとしたらどうでしょう。

いくら私でも当然気が付いて準備していたに違いありません。

でも、私の話を聴きに来て下さる方はどなたであっても、たとえ無料の時でもお客様です。

雅子様以上に大切にお迎えしなくてはいけないはずです。

それがオモテナシズム流のはず。

それなのに、自分が出来ていませんでした。

 

 

紙コップに気もちがこめられないわけではありません。

ただ、大切な人に美味しいお茶を飲んで頂くためには、少し手間であっても使い捨てではない食器を用意しその準備と片付けにも時間をかけるプロセスが「おもてなし」なのです。

いつもどこでも出来るわけではありませんが、私が「おもてなし」を語っているのであれば実践しなくては、誰も信じてくれませんね。

そしてそれがオモテナシズムのブランドを示すこと。

 

一流の「おもてなし」には絶対失敗しないという緊張感が必要です。

ちょうど今、上野の東京国立博物館で「茶の湯」という特別展が開催されています。

そこには数々の茶器や茶の湯にまつわる道具が展示されていますが、当時の茶人が権力者たちをもてなした時の茶器や掛け軸がかかっています。

どんな思いで選んだのだろうか。

ひとたび気に入らないとなると、機嫌を損ねてしまう危険性すらあったでしょう。

そう思うと真剣に見入ってしまいました。

人と人との出会いは、取返しの付かない真剣勝負です。

現代では、私たちはとても簡単に人をもてなしています。

場所と時間と物、もっともっと相手を考えなければと

心新たにしています。

YK

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手書きのメッセージ

2017年4月25日

先日、断捨Thank you離をしようと

古い書類を整理していたら

古い手紙やカードがたくさん出てきました。

私はたくさん転職しているので、

転職する度に、カードや色紙の寄せ書きをもらっていて、

引き出しの片隅に束になって眠っていました。

もう読んでも過去のことだし、と思いながら目を通してみると

全く忘れていたことが蘇って来ます。

もちろん、カードは特別な時にもらうものですから

良いことばかりが書かれています。

もらった時は、こそばゆいようなフレーズで、書いていくれた人達は

もしかしたら忘れているのかも知れません。

 

実は最近、過去の自分を振り返って見て気づくことが多く、

こと人間関係に関しては

「ああすれば良かった」「こうしてあげれば良かった」

自分はどうしてあの時こうしなかったのだろう、気づかなかったのだろうと

少し自信を無くしていました。

でも、古いカードに掛かれた同僚や友人の言葉に様々な記憶が蘇り

あら、私も少しは貢献していたかしら、

そう、そんなことをしたこともあったよね、

と安心したような、ほっとしたような嬉しい気持ちになりました。

忘れていた自分に出会った気もします。

手書きのメッセージはそんな力があるのです。

 

また、海外の友人からのクリスマスと誕生日に送られてくるカードの数々。

そこに書かれてある互いの近況は、歴史です。

良い時ばかりではなく、辛い時に涙を流しながら読んだものもありました。

そして、友人が選んでくれたカードには当時のマイブームが

反映されています。

 

 

今は、SNSのおかげで、昔よりずっと多くの人が

お誕生日にはお祝いの言葉を贈ってくれます。

そして毎日、誰かの誕生日を祝うことも出来ます。

でも、やっぱり手書きの文字は心にしみるし、

一言一言選んで書くような気がします。

 

一説には現代の私たちのメールやSNSは全て見られているとも言われています。

断捨離しようにも一度、ネットを通じて送ってしまったメッセージは

消えることがないそうです。

手書きであれば心に残り、そして全くの他人には、見せない限りは見られない。

字は書かないとどんどん下手になるしね、、、

 

手書きのメッセージは大切にしたい、

断捨離して気づきました。

もちろん、自分を勇気づける大切なカードたちは

断捨離しないで永久保存です。

YK

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新人研修は今のままでいい?

2017年4月16日

隣とは違う仏様

自分は自分。隣と比べない

この季節、同じような黒いスーツを着た若者が集団で歩いているのをよく見かけます。

あの黒いスーツ、いつから皆そろって着るようになったのでしょうか。

30年以上前の話で恐縮ですが、私が日本のメーカーに入社した時は、

もっと自由であったような気がします。

私自身は、胸膨らませ青の千鳥格子のスーツを着て出席しましたが、

すぐに制服を支給されて、がっかりした記憶があります。

海外には、リクルートスーツというようなスタイルはありません。

 

私もビジネスマナーを企業に依頼されて行う立場にあるわけですが

企業側は、参加する新人が一律にきちんとしたマナーが出来ることを期待していて

全員が同じようにきちんと言われたとおりに行動が取れて、

身嗜みは、他人から浮かないように、誰にでも好感持たれることが重要で

明るく元気な笑顔で修了すれば、よく出来ました!ということになります。

だから皆が同じ黒いスーツでも問題はありません。

参加者も一生懸命で、清々しい新入社員研修ではあります。

 

しかし、なんだか、違うと疑問に感じるのは私だけでしょうか。

最近、どこの企業でも女性活躍推進や外国人雇用のダイバーシティが課題です。

研修する立場からすると、どうもこの新入社員研修から始まりダイバーシティ研修、

そしてリーダー研修に至るまで、上手くハーモニーが出来ていない気がします。

自分と異なる価値観を認め、それぞれが個性を生かして働ける職場。

イノベーションを生む風土。

とすると、その方針が今の新入社員研修のスタイルに現れているだろうかと

思うのです。

日本人の良くも悪くもユニークな点は、集団主義である点です。

外国人社員に研修を行うと、日本の組織の特徴に皆が口をそろえてあげる点です。

これはもう日本に古くから根付いた文化でもありますが、

新人研修の時にダメ押しをされているように感じるのです。

 

目立たないように個性が立ちすぎない服装、

他の人の脚をひっぱらないように右へ倣えで行動する、

相手の気持ちを考えて行動する(今流行の忖度ですね)

これが社会人として大切な心得であると指導して、マインドだけは革新的に、

と言っても心は行動に従います。

後からの修正は難しいのではないかと思うのです。

黒いリクルートスーツが良しとされたら、危険を冒すことのほうが怖いので

独自の常識で考えるファッションセンスは磨かれません。

他の人の気持ちを忖度していることに慣れていると、自分の主張を通せなくなります。

さらにこうして一律に教育された社員が先輩になると異質な行動を嫌う。

この繰り返しが日本の企業文化にまだあるような気がするのです。

 

 

では、新入社員研修をどう変えるのか。

ディズニーリゾートの研修「伝統セミナー」にヒントがありそうです。

この「伝統セミナー」は人々をディスニーになじませることが目的ではなく

人々にディズニーの心を植え付けさせることが目的である、そうです。*

企業のビジョン、ミッションを深く理解して、

自分の振る舞いを自分で選べるような社員を育てる。

形から入るのではなく、マインドから入るのです。

さらに高度な研修です。

 

たいていの経営者は皆さん、入社式で社員を財産と言います。

財産であるなら、お仕着せや通り一遍のビジネスマナー研修に送ってしまうのは

せっかくの機会がもったいない気がします。

人生に初めて受ける社会人の研修、取返しの付かない最初のステップを

慎重に熱意を持って用意する会社の未来は明るいのではないでしょうか。

(YK)

*参考;「ビジネスと人を動かす驚異のストーリープレゼン」カーマイン・ガロ

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偽物と本物

2017年3月31日

フランクミューラー少し前ですがドイツの高級時計ブランドの

「フランクミューラー」が商標登録に対して

日本の時計メーカー「フランク三浦」に対して起こした訴訟がありました。

驚くことにフランクミューラーは敗訴。

その理由は、何百万円もする時計と

5、6000円程度の安価なフランク三浦の時計は、

明らかに判別が可能で間違えることがないからというのです。

びっくりしました。

 

高級ブランドを扱う会社に働いていた経験からすると

これは許しがたいブランドの侵害です。

このケースは、商品の形の模倣と名称が似ている、

という二つの要素に加えて

パロディとして茶化しています。

私はこれは「いただけない!」と思うのです。

フランク・ミューラーを持っているわけでもなく、

何の縁もゆかりもありませんが不愉快です。

 

ココ・シャネルはかつて、自分のデザインしたのとそっくりのシャネルスーツが

真似されて町に出回ることを、寛大に見ていました。

「私のデザインを皆が気に入って、安く手に入れられるならそれもいい」

確かに安い素材で安易に作られたものと本物は見分けがつきます。

しかし名前はどうでしょう。

ブランドとして問題なのは、自分の名前から逆に

偽物の名前が連想されることではないでしょうか。

せっかくフランク・ミュ―ラーを買った、と嬉しい気持ちになるはずが

「フランク三浦?」という名前がこの騒動で頭に浮かぶようになってしまいましたよね。

 

「ブランド」とは商品に付随する価値です。

商品の機能だけではない、外見と品質とイメージを顧客に保障しているのです。

そのイメージをフランク・ミューラーは侵害されてしまいました。

逆に「フランク三浦」だってブランドですが、それはパロディというブランドであり

借り物の価値を得たわけで、それを良しとするのは、おかしいなあと思うのです。

 

個人名で考えて見てください。

仕事でも趣味でも、あなたが何か作り上げたことが誰かに真似されるのは、

世の中あることです。

しかしあなたの名前を文字って、

自分がしていることより低い価値のことを提供されているとしたら

不愉快ではありませんか。

 

高級ブランドの争いなんて、あまり日常に関係はありません。

しかしこれが、日本の文化遺産や伝統工芸であったらどうでしょう。

なんだかこうしたことが通って行くと、

日本が安っぽい国になりそうな予感がしてしまうのは心配し過ぎでしょうか。

高い物だけが「ブランド」ではありません。

名称やイメージに対して、他人の物を借りることについて

隣の国を責めるだけではなく

もっと敏感でありたいと思います。

 

ちなみに、「オモテナシズム」もオモテナシズムが商標登録しています(笑)

YK

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和食は文化だ!緊張もおもてなし。

2017年3月26日

豊洲海鮮丼サミュエルお寿司屋さんに入るとき、あるいは少しだけ価格の高いお店に入るとき、

皆さんはどんな感じがしますか。

ちょっと緊張しますよね。

そして緊張する気持ちの中には、お店への期待感も含まれていますよね。

食への期待について、前回に続き、今回も香港の和食店から考えました。

 

 

昨秋、湾仔にオープンした「豊洲水産海鮮丼専門店」に行きました。

ちょうどお昼前、並んで待つ人のための椅子が外には並べられているところで

期待が高まります。

メニューを開くと、私たち日本人もヨダレが出そうな美しいお刺身が

贅沢に盛られている海鮮丼のオンパレード。

うっとりしてしまいます。

 

その時、20代の女性が、入ってくると一人カウンターに座りました。

すぐに注文をすると、長い髪をかき上げながら一人で座ってスマホを見ながら食事開始。

何を食べているのかしら、と店員さんにそっと確認すると、

220ドル(約3000円)の大トロの入ったマグロ丼です。

横から盗み見ると、パリパリの海苔が添えられていて、とっても贅沢で美味しそう。

現地の日本人に聞くと、会食であってもランチは130ドル程度(約2000円以下)が普通だと言いますから

一人のランチとしてはかなり贅沢です。

日本の会社員でも1人で20代の女性がカウンターで

3000円のお寿司を食べることはあまりないのでは。

さすが香港人、美味しい物であればお金に糸目はつけないのかも知れません。

ちなみに香港でもウニ、いくら、大トロが人気だそうです。

 

私はお財布を気にしながらメニュー選びに大変。

海鮮丼だけではなく、熊本から空輸された生ガキまでいただき

もうここは香港であることも忘れて舌鼓を打ちました。

確かにクォリティは日本とはもう変わりません。

 

海鮮丼

その隣で、さっきの彼女。

それにしてもリラックスしています。

もし私があの女性の年代のOLであったら(OLではないのかも知れませんが)

3000円のランチであったら、

もっと緊張しているか、

あるいはもう少し気取っていると思うのです。

「今日はお寿司、食べますよ!」

というような。

それが全然ありません。

見渡すと、誰にもそんな期待感やウキウキ感はありません。

普通に、ワンタン麺食べに入るときと変わらない日常な感じがします。

うーん、ちょっと違う感じ。

 

海鮮丼も美味しいし、応対も決して悪くはないのですが、

何が違うのでしょう。

これは、従業員がこちらに対して緊張をしていないことにあるように思います。

優しい雰囲気の従業員がそろっているのですが、ピリピリ感がない。

お店の空気はそのまま香港のお店です。

30ドルのワンタン麺なら良いけれど

日本人としては、和食であれば、ましてや200ドルの海鮮丼ですから、

やっぱりお客様として緊張して接客して欲しい気がします。

これは、文化の違いなのかも知れないと気付きました。

 

 

経営者のMr.Smuel Chu(サミュエルさん)にお話を聞いてその理由が分かりました。

香港では、どの飲食店でも従業員を定着させることに苦労があると言います。

同じような仕事はいくらでもあるので、

少し細かく注意をすると、だったらもっと簡単な店で働く、と去って行くそうです。

従業員を定着させるためには、

売上達成のインセンティブやあれこれをモーチベーションを

高める努力は欠かせないようです。

あまり厳しく緊張させることは出来ないですね。

日本も似たような状況はありますね。

 

とはいえ、4人に1人が日本へ旅行する香港、

そのうちに香港でも日本的サービスの雰囲気が

現地の人からも求められて行くでしょう。

 

和食はトータルの雰囲気が重要です。

文化遺産ですから。

和食は文化なのです。

それは「しつらえ」「よそおい」そして「ふるまい」がそろって完璧になります。

食事は、美味しければ良いのではないのです。

 

サミュエルさんは、日本のとんかつ・かつ丼のチェーン「かつや」も香港で

展開しています。

日本で勉強し、白木屋に勤務していた経験から、和食に投資したい人達から請われて

和食店ビジネスの道に入ったそうです。

日本語が達者で日本の良さをよく理解して下さっている若き経営者です。

メニュー開発は日本人シェフが必ず行うなど、

彼のミッションは、日本式ではない本当の和食をリーゾナブルに香港に届けること。

一方、サービスについても日本と香港の違いを認識し、チャレンジを感じていらっしゃる

ようでした。

 

是非、味の次にはサービスの質についても日本以上に素晴らしいという

レベルを実現して欲しいと期待しています。

 

是非、「豊洲水産海鮮丼専門店」豊洲入口

香港滞在の際、中華に飽きたら行って見てくださいね。

YK

 

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和食の現地化に大切なことは?

2017年3月19日

今や和食は世界で注目されるもっとも人気のある食事のひとつ。Hudson
食の香港でも17000軒ある飲食店の7.8%が日本食レストランだそうです。

 

香港で今、話題の和食レストラン「URA」を経営する
Hudson Changさんにお話を伺いました。
Hudsonさんのファミリーは元々インドネシア華僑でインドネシアレストランを経営しているそうですが、
日本を訪問したり日本人と知り合いになるうちに
香港で、日式(日本式のローカルな料理)ではなく、本格的な和食を香港人が好む形で提供したいと
URAを始めたそうです。

 

URA1

コンセプトは居酒屋。
お酒も飲めて色々な物も選べてということだそうですが、
ランチメニューでもHK$100~HK$300(1400円から4200円)
中々、香港では高級店です。
ターゲット顧客は店舗がある、セントラル地区(日本で言えば丸の内)のハイエンドを
狙っているそうです。
セレブリティが来るとパーティションで個室になるような仕組みもされています。

 

 

彼が香港の飲食ビジネスで重要だと思うことは3つ。
1に品質。食材は大阪の魚市場から空輸されているとのこと。
2にクリエイティブ。こんなの食べたことない!というような驚き。
3つ目が現地に合わせたフレキシビリティだそうです。

 

例えば、日本人と中国人のおもてなしへの考え方の違い。
日本は「おまかせ」というと、シェフの出してくれたとおりに黙って食べる。URA チラシ
シェフとお客様は同等です。
それが、中国人であったら、「おまかせ」を頼みながら「でも僕はそれはもっと焼いて欲しい」とか「ワサビじゃなくて生姜にして欲しい」
などと、必ず注文を付けるそうです。
そして、常に自分はお客なのだから、そのとおりに料理をして当然と思っているのが
中国人だそうです。

 

これを、良い、悪い、だとか、無知だとかで判断してしまうのではなく
文化の違いとして受け止めて、一流の和食を香港人が喜ぶように提供することが
香港で成功する秘訣だと彼は考えています。

 

Hudsonさんは日本の食の歴史を勉強すると、
日本が海外から様々な影響を受けて、色々な食事を生み出して来たことを知ったそうです。
ラーメン、カレー、餃子、天ぷらなど、皆、外国の食を日本式に変化させたものです。

Hudsonさんも本格的な和食でありながら、
香港の人の好みにあう物を生み出して行こうとしています。
明太子トーストやウニカルボナーラうどんなどがその例です。

 

一方、彼も既存の日本の有名チェーン店を香港に持ってこようとしています。
中国人は抹茶が大好きということで、
かれは、京都茶店「辻利」のスイーツやお茶を扱う店舗をオープンさせています。

今、とにかく日本食は香港で大人気。
ほとんどのショッピングモールが、9割がたを日本食レストランに招致したいと考えているそうです。
だからこそ、ロケーション選定は重要です。

 

スピード感のある香港では、トライ&エラーで、まずは試してみるという勢いでビジネスが
展開しています。
今回の滞在で、和食をビジネスチャンスとして見ている起業家に多く会いました。
本家本元の日本人も負けていられませんね。
(YK)

 

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ストーリーを語る、夏蜜柑ジャムから。

2017年2月23日

ジャム友人から手作りのジャムをもらいました。

ちいさな瓶に入れて

ちゃんとステッカーで「○○さんちのジャム」と

書いてあります。

ふたのカバーは茶色の水玉模様の布が

かかっていてフランス製みたい。

彼女らしさがあふれています。

そして、「早めに食べてね」

と手書きで注意も付いていました。

これも彼女の声が聞こえてきます。

芸の細かさは、キャップに書かれたスマイルマーク。

彼女の微笑みが目に浮かびます。

全てが彼女らしい!

 

いただくと、甘すぎず美味。

そして彼女の住む三浦半島の風景が頭に広がりました。

それは、彼女がくれる時に言った一言。

「うちの辺りでは、必ずどの家にも夏蜜柑や柑橘類の木が一本や二本はあるのよ」

もうすぐ春だなあ、

穏やかな海なのだろうなあ、行きたいなあ。

そんな思いでジャムを味わいました。

彼女のひとことが、ストーリーを生んで、

私の頭の中でジャムと風景が結びついて、特別なジャムに仕上がったのです。

友達の作ったジャムが、三浦半島のジャムになり

世界観を持ったのでした!

 

話は変わりますが、ブランドと言われるにはいくつか条件があります。

①品質が良い

➁ひとめでそれと分かる

③オリジナルである

④ストーリーがある

彼女のジャムはこれをクリアしていますね。

もちろん、世間で認知されて初めてブランドになるわけですが、、、、

 

ちょっと大げさですが、

彼女が蜜柑のなる風景を話さなかったら、ただのジャムです。

ストーリーを語ることで、

私の中に、穏やかなその土地を尋ねたような清々しい気持ちをもたらせてくれました。

 

そう、おもてなしは、もちろん、細かい品質のこだわりや包装にもあるのですが

ストーリー。

物を売るためには、ストーリを熱意を持って語ること必要なのです。

YK

 

 

 

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