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Columnコラム

会話がすれちがうのは何故

2026年3月11日

34213560_sスーパーで、小ぶりで美味しそうな新じゃがが安かったので

かごに入れてレジへ行くと、

それを見たレジの店員さんから

「あら今日は味噌煮ですね!」と声がかかりました。

味噌煮と来たか!

私はポテトサラダかジャーマンポテトを頭に描いていたので味噌煮は想定外。

私の頭には想い浮かばないメニューがアイデアとして提案されたわけです。

なるほど、同じジャガイモを見ても連想するものは人によって違います。

 

 

たまたま読んでいた本にコミュニケーションがすれ違う原因の一つに「コモン・センス」があげられていました。

「Common Sense」は通用「常識」と日本語では理解していることが多いと思いますが

本来は一般的な知識や学問そのものではなく、多くの人が当然だと認識している判断や行動を表すそうです。

 

そしてその「コモンセンス」は国や文化や所属する組織によって異なるそうです。

コミュニケーションがすれ違ってしまうとき、この「コモン・センス」が共有されていないことが多い。

 

レジの店員さんは、「美味しそうなジャガイモを買う人なら味噌煮を作る」という想定がコモンセンスなわけです。

 

例えば、いつも不思議に思っていたのですが以前勤務していた航空会社のOB会では、勤務していた時期が異なる初対面の人たちでも昔からの友人のように話が弾みまる。

それぞれのコミュニケーション力が高いからだと思っていたのですが、そうではなく、コモンセンスが共有されているから、話のやりとりが弾むのだと気づきました。

共通体験や共通言語を持つだけではなく、そこから生まれる発想や行動が共有化されている状態だと、話がすれ違わないわけです。

 

現在の社会では人々はそれぞれ異なる媒体で情報を得ます。

SNSなどがなかった時代は誰もが同じTV番組を見ていたので、「八時だよ」といえば「全員集合」と反応がある。

同じTV番組を見ているから、答えが返るだろうと相手が期待できる状態でした。

今は年代や環境によって共通項が少ないから、お互いの期待する行動が分かりません。

 

上司が部下に対して同じことを思い描くだろう、と思って会話をしてもそもそも土台がが異なるから話は弾みません。

1ON1などのコミュニケーションはますます企業は推進しますが、

そもそもこのコモンセンスがの共有も工夫する必要がありそうです。

 

ちょうど今行われているWBCのチームは得点時に「お茶立てポーズ」をしようと決めて実行しています。

前回はペッパーミルのポーズでした。

このポーズをお互いの気持ちを盛り立てチームが一丸となる「コモンセンス」なっているのだなあと思います。

価値観は人それぞれであっても、共通の発想や行動は出来るようになる。

 

しかし、スーパーの店員さんが一言声をかけてくれたおかげで、私のレシピにジャガイモの味噌煮が加わりました。

コミュニケーションは自分から、すれちがうことを恐れずに。

(YK)

参考図書:「職場の対話はなぜすれ違うのか」 光文社新書 小林祐児著