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Omotenacism for women女性のためのオモテナシズム

ジコチューと自己主張

2024年6月7日

ハスの花ジコチュー(自己中心)という言葉をとてもよく耳にします。

先週、某女子大のキャリア開発の講義に今年もゲストとして呼ばれて「ああはなりたくない大人」についてアンケートを取りました。

 

何故「ああはなりたくない大人」を尋ねるかというと、ビジョンや理想を聞いても答えが返らない人がほとんどだからです。

ビジョンを描く時代でもない、とも言われます。

だったら、逆を考えてもらおうというわけです。

多くの回答が集まりましたが、回答に多いのが、

・自分のことしか考えられない人

・全て自分中心の人

・協調性のない人

ジコチューな人

全体的に「ジコチュー」を始めとする他人に迷惑をかけない、他人に嫌われる人にはなりたくないと思っているようです。

それは当然で良いことです。

 

女子大生に限らず、日本人は昔から「世間体」を気にします。他人の評価が道徳基準になりがちです。

皆に好かれたい、嫌な人と思われたくない。

大切なことです。

しかし、最近、モラハラだとかカスハラだとか日々耳にするにつれて、自分が加害者になってはしまわないかと、さらに発言に慎重になってしまう人も多いでしょう。

 

女性の多くがどのような働き方をしたいかと尋ねると「自分らしくいきいきと働きたい」という答えが多いことは毎回お伝えしています。

しかし、自分らしく、と思いながら他人の評価を気にしている、

となると自己矛盾してしまいます。

他人の思惑が気になって、意見が言えない、自己主張出来ない、生きにくい世の中です。

特に女性にその傾向が多いのは何故なのでしょう。

 

様々な脳科学の本を読んで調べてみました。

ローアン・ブリゼンディーン博士*によると、最初は同じ脳を持っている胎児が、受胎後8週目にテストステロン(男性ホルモン)を浴びることで男性と女性を分けるそうです。

テストステロンは勝利をすることや自信、攻撃性や筋肉をつけるのに対し、それを浴びていない女性は情動をつかさどる脳を発達させて、共感力やコミュニケーションを発達させていくそうです。

情動の発達している女性は、周囲が気になり共感力を磨いていきます。

 

だから、周囲が気になるのは女性の共感力がなせる業、特性なのです。

ではどうしたら、それを乗り越えて自己主張できるようになるのでしょうか。

今回私は、女子大生たちに「健全なジコチューを目指しましょう」と伝えました。

 

自分の都合や好み、自分に有利に事を運ぶための主張だったら確かにジコチューです。

しかし、組織のために貢献するためのアイデアだったり、自分の信念に基づいた主張だったり、誰かのための発言であったりしたら

その主張をジコチューとは言えないでしょう。

自分が正しいと思うこと、やりたいことは主張しなければ他人任せの人生になってしまいます。

 

逆に言えば、自分は同意できないと思っていながら他人に嫌われることを恐れて沈黙していたら、もっと良いアイデアを持っているのに提案しなかったら、それはジコチューです。

会議で、責任を取りたくないから発言しないのは、ジコチューです。

実はこの手のジコチューもかなり組織にははびこっていますね。

 

ジコチューを検索していたら、乃木坂46の「ジコチューで行こう!」という曲を見つけました。

皆に合わせるあけじゃ

生きている意味も価値もないだろう

やりたいことをやれ

ジコチューで行こう!

 

こんな曲があるというのは、皆分かっているのですね(笑)

(YK)

参考資料 「女性能の特性と行動」~真相心理のメカニズム~ ローアン・プリゼンディーン著*

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ぶれない発言をしたい

2024年3月8日

お雛様2021最近、ある人から「川邊さんは男だね」

と言われました。

「男だ」という表現は若い頃から親しい友人にもたびたび言われたことはあるのですが

それが何を意味するのか分かりません。

しかしそう言われたときは、ポジティブな私は「ビジネスライク」だとか、「合理的に物事考える」とか、「仕事第一」または「決断力がある」「リーダーシップがある」というようなことを言いたいのだろうと、褒められたと捉えるようにしています。

 

しかし同時に「女らしい」を否定されているようで、落ち着かない気持ちになります。

男性が「君は女だね」と言われたら、どのような気持ちになるのでしょうか。

そもそも女らしい、とか男らしいとか、評価の基準にもならない、誰に対しても意味のない表現です。

しかし私は、そう言われるとただ「よく言われます」と受け流してしまいます。

 

少し前にあるベテラン政治家が、女性大臣を「おばさんなのに行動力がある」と公の場でコメントしたことが問題になりました。

それを受けて記者会見に出た女性大臣が「ありがたく受け止める」と答えたことが、賛否両論を巻き起こしました。

私だったらなんて答えただろう、と考えてみたのですが恐らく私も「ご厚意ある評価と受け止めます」とか「気にしておりません」とか、受け流して終わりにしてしまっただろうと思います。

 

が、やはりことはそれだけでは終わりませんでした。

その後すぐに多くの女性政治家や一般女性たちが、「日本の女性大臣がセクハラ発言に抗議しないのは世界に恥ずかしい」、「多くの女性のロールモデルとしての発言ではなかった」と発言をしたベテラン政治家と同じくらい、女性大臣が避難される結果となりました。

その反応を見て、日本の社会はちゃんと着実に成長し続けている、と感じた事件?でした。

 

自分が日頃、正しいと信じていること、考えていること、思っていること(信念)はどのような状況にあっても、それに従って発言や行動がぶれないようにしたい。

誰もが思っているでしょう。

しかし、同時に私たちは(特に日本人は)、周囲の大切な人に同調したいという思いも強く持っています。

「自分らしくありたい」「自分はユニークでありたい」と思いながら、組織では「皆を喜ばせたい」と同調する。

それが最近起こる組織の問題を引き起こす要因のひとつでもあるのではないでしょうか。

 

目の前の人を喜ばせるために信念を曲げない、これはかなりハードルの高いことですが今年心がけたいテーマのひとつです。

(YK)

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頭の中の臥薪嘗胆

2023年7月12日

20230625_134823誰でも人は、多かれ少なかれ、頭の中で自分自身と無言の会話をしています。

「こうすれば良かった」「今度はああしよう」

それは自分を振り返ったり判断をしたりするときには、役に立つ必要な対話です。

しかし時によっては、それが「内なる批判者」となって自分自身をせめてしまうことがあるようです。

 

私がよく自分の頭の中でつぶやく言葉がいくつかありますが、それはどれも子供の頃に何かのきっかけで他人に言われたり、

自分が強く影響を受けたりした言葉です。

 

例えば私の場合、「臥薪嘗胆」という四文字熟語です。

「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」とは将来の成功を期して苦労に耐えること。

高校時代、王貞治元監督似の漢文の先生が、目を見開きすごい熱弁で「中国の時代の武将が薪の上に寝て苦い胆をなめながら再起を誓ったのですよ!」と説明をしてくれた言葉でした。

薪の上に寝たら痛いし、胆を舐めるってどんな味がするんだろう、と私の心に強烈な印象を残して、それ以来、難しいことに出会うと「臥薪嘗胆、臥薪嘗胆」と頭の中で繰り返しています。

 

漢文の先生には感謝で、この言葉のお陰で私は負けず嫌いになったところもあるのですが、同時に強いプレッシャーになることもあるのは事実です。

あきらめてはいけない、という想いが逆に自分を責めてしまい物事を手放すことが苦手です。

他にも私の頭の中で繰り返す言葉はいろいろありますが、どれもどこかのタイミングで誰かに言われてインプットされた言葉や価値観です。

 

また誰もが心の中でブレインストーミング(アイデアを出す)をすることはあるでしょう。

自分一人でああでもないこうでもない、ああなったらこうしよう、と仮説を考えて自分と対話することはプラスです。

言葉を持っているからこそできることです。

が、それが「こうなったらどうしよう」「そうなるはずがない」とネガティブな思考を繰り返すとマイナスになります。

 

 

こうして考えてみると、心の中の対話は自分自身の自信を獲得するために、上手く使う必要がありそうです。

そして大人になった今、過去に与えられた言葉の扱いとともに、私たちは他人(特に子供や部下に対して)に対して言葉で影響を与えていることに敏感でありたいと思います。

自分も他人もポジティブな言葉で認める。

前向きな言葉をプレゼンとする。

習慣にしていきましょう。

(YK)

参考図書:『Chattaer「頭の中のひとりごと」をコントロールし最良の行動を導くための26の方法』 イーサン・クロス著 東洋経済新報社

 

関連セミナー「『自信を持たせるフィードフォワード』~女性の活躍を促す~

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https://omotenacism.com/seminar/2023/0712/2494/

 

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女性の未来は選ばれるより選びたい

2023年5月29日

大宰府天満宮

「管理職として働くときに女性という性別が武器になったことはありますか」

という質問を受けました。

先日、女子大のキャリアデザイン講座のゲストに呼ばれた時のこと、

70名の女子学生から寄せらた100問近い質問の中のひとつです。

 

私は女性を武器にしたことはないけど(笑)と前置きしたうえで、「今、女性であるということ自体が強い武器ですよ!」と答えました。

いよいよ東商プレミアム上場企業は女性管理職を置くことが審査基準となり、国をあげて活躍を推し進めている今、女性にはチャンスが訪れています。

でも現実はというと、企業で働く女性も今回の学生たちも不安に揺れ動いています。

 

今回お会いした学生の質問の多くも、3,4年生ということもあって、就職や将来への不安が中心です。

他人を傷つけないか、目立ちすぎないか、失敗しないか、選ばれるだろうか、と自信のない彼女たち。担当教授によると、とても共感力が強く優しいので、とにかく周囲を気にしすぎる傾向があるようです。

 

そこで彼女たちの質問に対して12のフィードフォワードを行いました。

フィードフォワードとは、起こったことへのアドバイスではなく未来へ向けてのアドバイスです。

 

これらは、その学生たちの質問に対してのアドバイスですが、比較的平均的な学生たちなので現在の日本の若い女性には共通して言えることではないかと思います。

 

【女子大学生への12のフィードフォワード】

❶やりたいことはためらわない 自分はやれると信じましょう

❷目の前に来たチャンスはつかみましょう 他人に勧められることも試す価値はある 

❸選ばれるより選ぶ人になりましょう

➍悔いなく事前準備をしましょう 好かれたかったら相手を知り尽くす

➎異業種・年代の異なる友人と付き合いましょう

❻共感力を高めましょう

❼目的意識を持ちましょう 大きなビジョンが描けなくても目の前のことを目的を持ってやってみる

❽自分の判断基準をもちましょう そのために学び続ける

➒他人を応援しましょう

➓海外へ出かけましょう 「外国人の中でひとり」の経験をする

⓫外国語を身につけましょう スキル+外国語は強味になる!

⓬たくさん恋愛をしましょう 失恋はレジリエンス(困難を乗り越える力)を育てる

 

学生たちは、真剣に聞いてくれて質問も多かったのですが、その中で、彼女たちが特に印象残ったのは次の3つのようでした。

 

❶やりたいことはためらわない、自分はやれると信じましょう

「やりたいことやればいいんだ」という声が聞こえました。

最近の若者はビジョンがないのではなく、自信がなくて自分のやりたいことを打ち出せないようです。

それも周囲への遠慮や失敗したらどうしようという懸念なのかもしれません。本当は自分の意志もちゃんと持っていることを知り、少し安心しました。

 

2つ目は

❸選ばれるより選ぶ人になりましょう

選ぶのは自分なんだ、と気づいてくれたらと思い伝えました。

あくまで受け身で、自分が選ぶ、そのために相手の立場にたって見るという視点が欠けていたことに気づいてくれたようです。

選ばれなかったらどうしよう、という不安は選ばれたいという想いの裏返しならこちらも可能性はありそうです。

 

そして最後は

⓬たくさん恋愛をしましょう。失恋はレジリエンス(困難を乗り越える力)を鍛える

多くの文学や演劇や音楽も、恋愛がテーマであるのは何故でしょう。それだけ人の心に大きく影響する出来事だからです。

恋愛によって相手から得ることは大きい。世界観を広げたり(時に狭くも)自分の枠を外し自分以外の個性を受け入れようとするのは、誰かを好きになった時ではないでしょうか。

そして、失恋は最大の自己否定される出来事です。承認欲求が恋愛ほど高まることはなく、失った時は辛い。

だからこそ、多くの恋をしたほうが良い、と瀬戸内寂聴さんではありませんが思っています。

これはやはりドンピシャ女子学生もささったようです。

 

この女子学生たちが社会人になって、企業でどのような活躍をするのでしょうか。

企業の戦力に成長するでしょうか。

企業は数だけではなく、ちゃんとチャンスを作ってあげて欲しいと切に願います。

 

他責にすることなく、自分の人生だからあきらめないで自分で切り開く!

学生だけでなく、どの女性もそう思って欲しいです。

今こそチャンスの今、会社を変えるのも女性次第。

大いにエールを送ります。

(YK)

https://omotenacism.com/seminar/2020/0126/1494/

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年齢は数ではない

2023年3月17日

第95回アカデミー賞で中国系マレーシア人のミッシ桜ェル・ヨーが60歳で初のアジア系主演女優賞受賞を受賞しました。

ちょうど私は誕生日に彼女の受賞インタビューをTVで観ていて「もう誰にも、『あなたは全盛期を過ぎている』なんて言わせないで!」と女性たちにエールを贈る彼女の言葉にはっとしました。

確かに、女性はいつでも誰でも、周囲が持つ年齢のバイアスに悩まされているのかも知れません。

そして、周囲以上に多くの女性が自分自身でそのバイアスに囚われているかも知れません。

私自身もかつては大勢の友人にお誕生日を祝ってもらうのが嬉しかったのに、最近はひっそりと過ごしたいと思うようになっています。

それは、やはり年齢のバイアスに私自身が囚われているからでしょう。

 

「バイアス」という言葉が良く知られ、今では多くの組織が多様性を実現するために「バイアスを外す」ことに取り組んでいますが

一番の根強いバイアスは「年齢」ではないでしょうか。

 

昔から女性の年齢についてはいろいろなたとえが挙げられてきました。

「鬼も十八番茶も出花」(どんな容姿でも女盛りは美しい)

「売れ残りのクリスマスケーキ」(25歳を過ぎたら結婚適齢期は過ぎている)

さすがに今では、こんな言葉は耳にすることはなくなりましたが、それでも心の中でどこかで年齢についての思い込みやコンプレックスは、社会の中にあるように感じます。

 

女性は出産してもしなくても、それが可能な時期というものがあるので、どこかに意識せざるを得ないというのも事実です。

年齢が重なるということは経験が増え人間性も深みを増すと言われていても、容姿の変化も確実に起こるわけでそれについても対処の仕様がない。

私たちは果物で皮に皺がより茶色く変色しているリンゴを避けるように、本能で新鮮なもの、若いものに近寄りたいと思います。美しいと感じます。

皺は経験の証拠、白髪も美しい、と言われても中身を知らず外見だけでお付き合いしているうちはなかなか難しい。

開花した花を買って散り際まで飾る欧米人に対して、日本人はつぼみが好きだと言います。

つまり、年齢プラス外見へのバイアスがまた邪魔をします。

最近では化粧品も発達し、SNSへの写真も加工技術が進歩して美しくアップできますが、それもやりすぎると痛々しいと言われ・・・

男性は若い頃に頼りなかった男性が年齢を経て貫禄のある紳士に見えることもあるのに、フェアではありません。

 

さらに、人の能力や可能性にも年齢は無縁ではありません。

ミッシェル・ヨーが言うように、きっと映画界でも経験豊かな俳優の可能性を探るより新たな人材に注目が行くのでしょう。特に女性に対してはそうなのでしょう。

ビジネスにおいてもその傾向はあります。

中高年の転職活動や、また、私のようなコーチや講師という仕事であっても年齢で判断されることもあります。

若すぎると未熟だと言われ、上すぎると敬遠される。

若すぎるのは別として、年齢があがって避けられるのは「最近の情報をもっているのだろうか」「経験があっても今の時代には通用しないのではないか」「世代の異なる人の気持ちが分かるのだろうか」という懸念を抱かれるからでしょう。

特に今は、経験よりも新技術、頭が柔軟なのも若い人だと思われます。

これは、女性にかかわらず男性も同じではないでしょうか。

 

ではどうしたらよいのでしょう。

プロフェッショナルであるためのアップデートに尽きると思います。

誕生日が来る度に「年齢はただのナンバーだから」と友人が言いますが(慰める?)私はただの数ではないと思います。

経験の深さにしていきたい。

知識の重さにしていきたい。

そうするために、ただ経験しただけではなく、経験したことを自分自身で総括し咀嚼し、自分なりの答えを持つことではないかと考えています。

そして年代の異なる人に共感する感受性を持ち続けること。

そのうえで新しいことをインプットしてこそ年の数に違いが出る。

 

先日の日経新聞にミドル層の中年女性の転職が増えて女性の年収が上昇しているという記事がありました。

私も7回転職して毎回年収は上がりましたが、それ以上にネットワークと経験が増えたことに価値を感じています。

転職を勧めるわけではないけれど、臆せずチャレンジして欲しい。

 

最近、仕事のアイデアなどに行き詰まりぼんやりと考えながら眠ると、朝、目覚めたときに「はっ」と答えが出ることが良くあります。

以前に読んだ本の中のフレーズや過去の体験を、押し入れの中から取り出したような感覚です。

あの時の読書、あの時の体験を寝かしておいた結果かも知れない、無駄ではなかったなあと感謝しています。

今日の積み重ねが明日を創ると信じて、自分にチャレンジしていきましょう。

(YK)

関連セミナー「女性の活躍を阻む12の習慣」

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丁寧な説明より傾聴したい

2023年2月17日

雪の出張

子供の頃、校長先生やおじいちゃんおばあちゃんの話が長くてうんざりした経験はありませんか。大人になったら「ああはなりたくない」と思ったものです。

しかし最近、気が付くと年下の人に対して、長々蘊蓄を垂れていたり、自分の経験を得意そうに語っていたりすることに気づいて、はっとします。危険な予兆です。

特に私はコーチングや研修で他人の話を引き出すことを仕事としていますから、その私が話してばかりでは、まさにお話になりません。

 

さて、皆さんは1対1で誰かと話すとき、あなたは会話の何パーセントくらいを話し手に回っていますか。あなたの方が長く話していますか。それとも聴き手に回る時間のほうが長いでしょうか。

そもそも人は自分の話をするのが好きです。多くの人間は、他人の話を聴くよりも自分が話すことに興味があるそうです。

 

実際、今年は年頭から全く異なる業界での仕事が続いているのですが、どの業界や仕事にあっても根本的な課題は「傾聴」にあると感じています。

例えば、いわゆる知識人やスペシャリストと言われる何かの権威とみなされている人は、正当な答えや相手を納得させる回答を期待されていると思いこんでいるのか、一方的に延々と自説を説いてしまいがちです。

量販店の販売員は、商品のスペックや特徴を伝える商品説明に夢中になり、肝心のお客様のニーズを聞き出せず、お客様を逃していることに気づいていません。

ラグジュアリーカーの販売員となると、商品の素晴らしさの説明に時間がかかりすぎて、お客様を主役にする会話が二の次になります。

誰もが悪気ではなく、相手への関心より伝えたい一心で、対話ではなく一方的な「説明」をしている人が多いことに気づきました。

 

昨年の流行語大賞にもノミネートされていた「丁寧な説明」。毎日のように耳にします。

「丁寧な説明」は決まっている指示や事項を分かりやすく教えてくれるという意味では適切ですが、人を納得させるためには説明では不十分なのではないでしょうか。

 

忙しい時代、コミュニケーションの時間もエンドレスではありません。

自分が話す時間が長くなればなるほど、相手の話す時間は短くなります。相手の時間を自分が長く話すことで盗んでいることになります。また、自分のほうが長く話すと、相手から得る情報は少なくなります。

同じ時間の対話であれば、自分の話をして自己満足で終わるよりは、相手から何かを得たほうが有意義な対話になるのではないでしょうか。

それがビジネスの取引相手の場合、相手から情報を多く得れば得るほど、長々と説明しなくても相手の気持ちに沿った提案ができるでしょう。

そして何より、自分の話を聴いてくれる人を人は好ましく感じます。好きになってくれるようです。

 

「答えは相手が持っている」

この考え方はコーチングの基本です。

どのような職業でも立場でも成功している人は、相手の話に耳を傾け相手から情報を引き出すスキルを持つ聴き上手です。

自分の情報を出すことをぐっとこらえて、まずは相手の話を聴いてみる。

「今日は聴くぞ!」と気合を入れて相手に集中すると、結構聴けるものです。

是非、説明より傾聴、試してみてください。(YK)

関連セミナー:

『多様な人材を活かしD&Iを推進する』女性リーダー育成とメンバーの個を活かし成長を促すフィードフォワード

女性リーダー育成とメンバーの個を活かし成長を促すフィードフォワード『多様な人材を活かしD&Iを推進する』

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英国のサーバントリーダー~奉仕することを約束する~

2022年9月12日

エリザベス女王エリザベス女王がお亡くなりになりメディアでは連日女王の姿が流れています。そのひとつ「私の人生が長かろうが短かろうが国民に奉仕する」と宣言する若き女王は「Service to people」という言葉を使っています。

またチャールズ新国王は「忠実に愛と尊敬をもって皆さんに奉仕する」とやはりServeという言葉を使い宣言しました。

Serve、日本語では仕える、奉仕する。Servantとは誰かに仕える人、奉仕する人です。女王も国王も君臨するのではなく国民に奉仕する存在、Servant Leaderなのだ、と気づきました。

 

 

私たちは奉仕する、というとつい奉仕する人が目下で奉仕されるのが目上と考えます。

サーバントリーダーというリーダーシップスタイルは「弱弱しいイメージがある」と企業ではあまり浸透していないようです。

しかし、まさにエリザベス女王は人々への愛と敬意をもって人々を導いたサーバントリーダーといえるのではないでしょうか。新国王が使った、愛と尊敬をもって忠実に奉仕する、これはサーバントリーダーの最も要となる姿です。

そして政治力を持たない女王が、大きな影響力を持ち世界を動かしていたことは注目に値します。

 

自らの姿勢で道を示す(お手本)

サーバントリーダーは人に強制をしません。影響力による説得を行います。自分自身の姿勢を見せることで人に気づきを与えます。エリザベス女王は自らの私生活で失敗することがあったとき、その過ちを認める姿勢をも国民に見せて、あるべき道を示してきました。一般庶民にもあるような家庭内のいざこざにも、国民は共感したり反発したり議論したりすることが許されています。そしてその過程で人々は自らのあるべき姿を探っていたかもしれません。

また女王は、イギリス人の大切な行事のクリスマスには自ら国民への想いを語る。イギリス国民の3人に一人が女王を直接目にした経験があるそうです。

 

女王の奉仕とは、国民とコミュニケーションをとり、人の話に耳を傾け、あるべき姿を示すことであったのでしょう。究極のロールモデルです。イギリスの人々が母を亡くしたような喪失感を感じているというのも理解できます。

 

エリザベス女王の最後の公務はトラス首相の任命でした。女王に女性首相のいる国。イギリスに3人もの女性首相が誕生しているのも女王の存在が影響していたように思います。

強く抱擁力のある女王の下で、イギリスの女性はリーダーになることは不自然なことではないと感じられるのではないでしょうか。女性のリーダーをイギリス人は抵抗なく受け入れられたのではないでしょうか。

エリザベス女王の下のイギリス連邦のニュージーランド、オーストラリア、カナダにおいても女性首相が誕生しています。

またデンマークも女王に女性首相です。

会議室に女性リーダーの肖像画を飾った部屋と飾っていない部屋とでは、女性の会議での発言力(自信)が高まるという調査があるそうです。

切手やコインといたるところで女王の姿を目にするイギリスの女性には、意識するしないにかかわらず自信を持たせてくれる象徴であったかも知れません。

 

イギリス国歌の「God Save the Queen」には女王を持つ誇りが感じられます。「イギリスには女王がいるんだからね」というような自慢しているように聴こえませんか。

これからは「God Save the King」です。自分たちに仕えてくれるから「神よ女王(国王)を守ってくれ」と唄い、自分たちも頑張る!女性であれ男性であれ、奉仕してくれる人に人は奉仕する。

 

遠い国であってもいつも素敵な姿で道を示してくれていたエリザベス女王に感謝したいと思います。

R.I.P

(YK)

 

サーバントリーダーを深く知りたい方は↓

「受容と共感のコミュニケーションスキル」

https://omotenacism.com/seminar/2022/0912/2242/

 

【参考図書】

「サーバントであれ~奉仕して導く、リーダーの生き方」ロバート・K・グリーンリーフ著 栄治出版

「ワークデザイン」 イリス・ボネット著 NTT出版

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価値観とランチタイム

2022年8月19日

お蕎麦「心理的安全な職場」が唱えられて久しいけれど、そんな綺麗な言葉では解決できない、表面には表れない檻が職場にはたまっている。

 

今年の芥川賞を受賞した高瀬隼子氏の「おいしいご飯を食べられますように」を読んで苦々しい想いを抱きました。あるメーカーの地方支店の人間関係を描いています。仕事が出来ないのに要領よく甘えて皆に守られている女性と、仕事が出来るのに率直すぎて損をしている女性、飲み会や食事を一緒にすることがチームビルディングと考えている上司、そして自分の価値観が明確なのに意思を貫けず他人に同調してしまう男性、無意識にセクハラを繰り返している男性、ゴシップで周囲をあおるパートの女性、彼らの日々の会社での出来事を描いています。

 

仕事が出来ないことをカバーしようと一人が手作りお菓子を持ってくると、お菓子が好きでないのに大げさに喜ぶ同僚もいれば、そのお菓子を皆が帰った後ゴミ箱に捨てる同僚がいてそこから不穏な空気が広がり、結局、仕事のできる女性が職場を去り、男性社員たちは変らない。むしろ職場にさらに同化していく。「あるある」場面をよく切り取ったと感心しました。同じことではないけれど、似たような感情を持った経験は私自身にもあります。

 

女性活躍推進だとか、アンコンシャスバイアスだとか、アンガーマネジメントだとか、色々やっても、案外一人一人の個人的な好き嫌いや、それぞれの職場でのサバイバルの戦略のほうが勝ってしまうのが現実かも知れません。だからそんな職場を生き抜く人を「あざとい」という言葉で表現することが流行ったり、また心が疲れてしまう人がいっこうに減らないのかも知れません。

制度や研修だけでは組織は変らないのでは、人間の性だから、と無力な気持ちになりました。これが芥川賞受賞の小説のテーマなのかと思うけれど、何十年か後にはこの時代を生きる人間の姿として捉えられるのでしょう。

 

しかし、もう一度、人事の視点からこのストーリーを読むと、課題は最初の場面で「飯は全員で食べるのがうまい」と断言する支店長にあるのではないかと気づきます。部下の事情や感情にかまわず「俺はそばが食べたい、みんなで食いにいくぞ」で相手を引っ張っていく上司。カップラーメンを食べて早く仕事を終わらせたい人、お弁当を持ってきている人、栄養に気を付けている人、食事にこそランチタイムにこそ、一人一人の価値観があるにもかかわらず自分の思い込みを人に強要する。この無神経さが全員のやる気を失わせていることに本人は気づいていません。チームビルディングのつもりなのです。だから、問題が起こった時に本質を見ることが出来ていない。

こんな上司は、もはやいないだろうと思っていたのですが、作者の高瀬氏は30代の現役会社員です。現存する上司の姿でしょう。

最初にこの支店長の発言からこの小説は始まりますが、作者はきっとそれを見抜いているはずです。登場人物の女性たちの責任ではないというメッセージも聴こえてきました。

 

「おいしいご飯が食べられますように」というタイトルは、一人一人の価値観を尊重して欲しいという願いでつけられたのだろうと、納得しました。ご飯を一緒に食べる仲良しチームではなく、価値観が重視されなければ心理的安全性は確保されない。

週末の読書にお勧めしたい一冊です。

(YK)

参考図書;「おいしいご飯がたべられますように」 高瀬隼子著 講談社(または文藝春秋2022年9月号)

関連セミナー:https://omotenacism.com/seminar/2021/0129/1803/

 

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女性は透明人間

2022年7月18日

富士山上空この数年、航空会社のお客様への呼びかけのアナウンスが「Ladies &Gentlemen」が廃止され、各社ジェンダーを区別しない言い回しに代わりました。日本語は元々、「ご搭乗の皆様」または「お客様」で呼びかけていますから、ジェンダーは特に表現に関係ありません。

とはいえ、実は日本語ほど役割で人を呼ぶ国はないのでしょうか。こと家庭内においては顕著であり、ジェンダーと呼び名が結びついています。

 

高齢者に「俺だよ」と言えば息子だと思われるだろう、と言う想定はなんてステレオタイプだと思うのですが、「俺」と名乗る娘はいませんし、それで通じるのが日本語です。

 

例えば、自宅に日中いればかかってくる電話はたいてい勧誘の電話なのですが「奥さんですか」で始まります。そう言われるとあまのじゃくな私は「違います」とだけ答えます。本当に私は「奥さん」ではないし「奥さん」もいないからです。

すると相手は戸惑い「・・・」と短い沈黙があり言葉を探しています。奥さんではない、では誰なのだろう、何と呼びかけたらいいのだろうと思うのでしょう。

たまに「ご主人いらっしゃいますか」ということもあります。女性には用がないのかしらと思いながら「いませんが何か?」と尋ねてみます。すると、これも相手は戸惑います。ある時「では●●について決定権のある方は」と尋ねられたことがありました。

女性は決定権者ではないと思われているのでしょうか。

詐欺だけではなく、セールス電話のマニュアルには、いまだに一般の家庭は昼間家にいるのは奥さんで、決定権を持つのはご主人と言う設定になっているようです。私としては「マニュアル改訂お手伝いしましょうか」と逆営業したくなります(笑)

まあ、いまどき固定電話に出るのは年配者だからなのかも知れません。

 

冗談はさておき、私のようなダイバーシティを扱う仕事をしていると、いちいち気に障ってしまい、とことん言い返したくなるから困ったものです。

 

では企業ではというと、先日、ある取引先企業からプロフィール写真の提出を求められました。私だけではなく他の方にも要請しているのですが「スーツ、ネクタイ着用」と注釈がありました。

女性について記載はありません。担当者に「女性はインナーは何を着れば良いのですか」と思わず問い合わせをしてしまいました。すると、担当者は「確認しますのでお待ちください」と即答がない。

うっかりであって悪気はないのは分かっているけれど、対象となる相手は3割ほどは女性であるだろうに、依頼をする文面に違和感を覚えていないのだろうなあと思いました。

信頼している企業の姿勢が、真のダイバーシティ実現の姿勢はないのだと感じてしまいました。

 

何かの本で「女性は社会において透明人間のように扱われてきた」と書かれていましたが、何気なく悪びれずに存在を無視されると残念です。

 

こうした積み重ねに、女性はもう慣れてしまって特に声をあげるほどのことではないとスルーしている女性は多いでしょうし、気にもしていないことは事実です。

 

私が憤慨していると「そんなこといちいち気にもしていません」と言う女性も多い。女性にも笑われて、私自身、なんだかフェミニストだと思われるのは嫌だなあと、肩身を狭くして口をつぐむこともしばしばあります。

それでも誰かのアイデンティティが無視されている状態では、決して、皆が自信を持って活躍できる場所にはならないはず。

 

相手のアイデンティティを尊重する。少なくともダイバーシティを推進しようとする企業においては、言葉や文章の細部にも気を遣って欲しいものです。

男性女性に限らず相手の感情に配慮する、これからの企業に必要な姿勢ではないでしょうか。

参考図書:「存在しない女たち」 キャロライン・クリアド=ペレス著 河出書房新社

(YK)

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Cool head but warm heart冷静な頭脳と暖かい心で!

2022年6月9日

黒白チェス「冷静な頭脳と温かい心」(Cool head but warm heart) 。イギリスのケンブリッジ大学のアルフレッド・マーシャルの言葉だそうです。経済学者のあるべき理想の姿だそうです。

経済のみならず色々な事柄についてもっていたい姿勢ですが、先日こんなことがありました。

 

ある大手企業の研修で出会った30代の男性の発言です。

「女性だから男性だから、なんて意識は僕には全くありませんね。女性も働いて欲しいし、女性の能力は組織に必要なこと、当然ではないですか」。

そのとおり!やはり時代は変わって来たと、心強く思いました。こういう男性が増えることが、女性の管理職を増やすことになるでしょう。

ところが、アンコンシャスバイアスの話に及んだ時、その同じ彼から出た言葉に私は戸惑いました。

「やっぱり男はリーダーシップを執らなければ男ではない、サポートしてくれる女性が必要ですよね」と悪びれずに言うのです。

 

さっき言ったことと逆行していませんか、と尋ねると「男ってそう言う風に育てられるんでしょうね。男は母親を求めているんですよ」との答えが返ってきました。

正しい自己分析かも知れませんが、それが自分のバイアスであり、矛盾していることには全く気づいていないようです。

 

家族は会社より大切だと言うし、同僚女性への理解もあるというやる気満々のリーダー。しかし、彼の周囲の女性は大変なのではないかと想像してしまいました。

もしかすると、会社の女性には活躍して欲しいけど、パートナーには家事を任せているのでは。会社の同僚女性も家に帰れば家族はいるかも知れないし、パートナーも会社に行けば仕事があります。

 

ダイバーシティの研修を長年していて、最近、仕事観や意識の男女差はギャップが小さくなってきたと実感しています。

しかし、いくら理屈でダイバーシティを理解しても、共感する力がなければダイバーシティは現実のものとなりません。

理解はしているつもりでも、言行不一致になっていませんか。自分が理解をしているだけで、状況や当人たちの気持ちをきちんと確認していますか。 理解だけでは共感には繋がりません。

 

Cool head but warm heart それにwith  fair action (公平な行動)を付け加えてご提案したいと思います。

(YK)

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