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Seminar公開セミナー

女性(自分)のための働き方改革

2017年12月18日

・人生の途中でビジョンやミッションを見直したい

・自分らしいリーダーシップで影響力を高めたい

・自分の悪癖を直したい

・子育てや介護で自分自身の人生をどう生きたら良いのか分からない

これは、私自身が働くうえで常に直面して来た課題です。

女性の問題解決を支援を目指し、ワークショップを開催することにしました。

後悔と失敗、そして達成感も数多く重ねてきた経験を共有します。

是非、2018年は、ステージをもう一段上げる方法を探りませんか。

 

全6回を予定していますが、内容は変更する場合もあります。

詳細は毎回、ご案内していきます。

【第1回 ミッションを見つける】
2018年1月20日
無料ご招待 (交流会飲み物代1000円を承ります)

●働く女性が漠然とかかえる不安を希望に変えるためのヒントを得る!

●女性の特性を理解する。

 

【第2回ビジョンメイキング】
2018年3月予定
参加費 5,000円

●人生の設計図を描く

●働く目標を見つける

 

【第3回イメージアップの技術】
2018年5月予定
参加費 7,000円(予定)

著名スタイリストに学ぶ

●印象をアップする3つのコツ

●ビジネスウーマンの服選び

*個人アドバイスあり

 

【第4回思考の枠を外す】
2018年7月予定
参加費 5,000円(予定)

サイコセラピストをゲストに

●思考の癖を見つける

●多忙な女性の課題を解決するマインドフルネスを学ぶ

*個人診断付

 

【第5回自己変革の技術】
2018年9月予定
参加費 5,000円
●「なりたい自分」になるため自分をコーチングする

 

【6回影響力の作法】
2018年11月予定
参加費 5,000円
●相手を動かすコミュニケーション力を身に付ける

オプションBを想定して

2017年10月22日

白い花束企業に勤めていれば、また企業に勤めていなくても仕事を持っていれば、個人的なことと仕事が両立しないことは多々あります。

それを両立させようとしているのが「働き方改革」で、「ワークライフバランス」は自分で工夫して得るのではなく、企業が様々な選択肢を用意して様々な考え方やライフスタイルの人が自分で選ん無理なくは働ける制度や仕組みが提案され、また実行されつつあるようです。嬉しい動きです。

しかし、制度や仕組だけでは、救われない個人的なことがあることに気が付きました。それは人間の感情です。そして想定外のライフスタイルの変化。

 

大変個人的な話題になりますが、私は先月母を亡くしました。高齢であったので覚悟もしていたし、本人も私も悔いない別れのはずでした。私は父を5年前に亡くしているので母の死についても心の準備は出来ているつもりでした。

しかし、今回、想定していなかった深い悲しみと寂しさに襲われて、今、戸惑っています。こんなに喪失感に襲われるとは・・・

 

他人は慰めるつもりで声をかけてくれます。「ご長寿ですからね」「そろそろ落ち着かれましたか」「もう一月ですか」。そう言われてその度に傷つく自分がいます。「長寿だってもっと生きていて欲しかったのに」「落ち着くわけがないでしょ」「もう一月、って毎日が私は悲しくて長いのに・・」

とはいえ声をかけてくれる人を責められません。私もこれまで、誰かを失くしたり、またペットを失った人に対しても無神経に傷つくことを言っていたのだと思うからです。

高齢の母の死をいつまでも嘆くなんて、自分でも情けないと思いながら気付いたこと。それは、やっぱり人は誰かのために生きているのではないかということです。皆さんは、誰のために働いていますか。私はそんなこと考えたことありませんでした。しかし、独身の私は、母を面倒みていたつもりが、実は母がいるから頑張ることが出来ていたのかも知れない。「お帰りなさい」と迎えてくれる人と場所がある、自分が元気でいることを喜んでくれている人がいる、それが実は支えであったことに気が付きました。

 

そんなときに書店で2冊の本が目に留まりました。一冊は、フェイスブックのC.O.Oのシェリル・サンドバーグの「OPTION B」です。「リーン・イン」で女性リーダーの姿勢を示した彼女ですが、2年前に夫を亡くし深い絶望の中から立ち直り書き上げた新たな女性へのメッセージです。

2冊目は日経新聞の文芸欄で取り上げられていた「遺族外来」という精神科医の書いた本でした。

 

この2冊を読んで、私の現在の状態は決して異常ではないと分かりました。お悔やみの声をかけられて、返ってむなしくなってしまったり傷ついて人が怖くなってしまう。それは、誰にでも起こり得ることで、しかし残念ながら経験してみないと分からない精神状態であり、そしてもちろん、個人差があるということでした。うつ病になってしまう人も多いとか。

私は幸いにも比較的、仕事の調整が可能な状態にあります。それでも、母の亡くなった翌日も葬儀の前日も仕事は予定どおり行っていました。看取ることができたことは幸せでしたが、そのために変更をお願いした仕事もあり、心のなかでは、「歌舞伎役者や舞台役者なら親の死に目もあわないでお客様のために演じるのに」と自分が甘いのではないかという気持ちに囚われています。

一方、悲しみの中で、仕事が忙しいことで否が応でも気持ちを切り替え、他のことに集中しなくてはならずに救われている部分もあります。

 

「OPTION B」のなかで、人は人生のネガティブなことに出会うと3つのPに囚われることが書いてあります。

Personalization自責化(自分が悪いのだと思うこと)Pervasiveness普遍化(その出来事が人生のすべてに影響すると思うこと)そしてPermanence永続化(その出来事の余波がいつまでも続くと思うこと)だそうです。

そんな状態では仕事は自信をもって望めません。シェリル・サンドバーグは、周囲の人の声の掛け方ひとつで、事態は改善すると言っています。「どうですか?」と聞くのではなく「今日はどうですか?」と聞いてあげる、そんな表現への気遣いだけでも人は救われるのです。

そして、もうひとつ、私の場合は母でしたが、夫や経済的なサポートをしてくれていた人を亡くした場合、人生への不安はさらに大きなものになるのです。精神的不安に加えて経済的な不安、そして子供がいれば子供を一人で育てる将来への不安が大きくのしかかります。それに対しての解決の道を示してあげること。また、同じ境遇であっても無事乗り越えた人との対話など。

フェイスブックのC.O.Oで社会的に成功していた人であっても、肉親の死を乗り越えるのは簡単ではないのです。誰にでも起こることで、そしてそうなったときの精神状態は自分でも予則不可能。

彼女は「LEAN IN」で家族がいて仕事を両立することを前提で女性の働き方を唱えていたことを反省し、そうでない人達のための働き方を考え始めているようです。

さすが、悲しみだけで終わらせない、それがリーダーですね。

 

さて、私自身は何ができるのか、まだ漠然としか考えられない状況です。

が、「働き方改革」と世間が盛り上がっているのであれば、時間や制度だけではなく、感情に優しい社会を目指すお手伝いをしたいと思います。寄り添ってくれる話を聞く人がもっと必要だと思うのです。

そして、とかく悲しみや辛いことは公の場では隠すことがプロフェッショナルと自分も社会も思う傾向があります。私もあまり「悲しい」などと言っていると世間から頼りないと信用されないのではないかと、実は不安に思いながらこれを書いています。

しかし辛くても悲しくても、プロフェッショナルは仕事の質には変わらないのも事実だと思うのです。プロフェッショナルだって、泣いてもいいし心も折れる、そう思える社会や企業になったらいいなあ、それを伝えて行きたい、と考えています。

参考図書;

「OPTION B] シェリル・サンドバーグ/アダム・グランド著 日本経済新聞出版社

「遺族外来」大西秀樹著 河出書房新社

(YK)

失敗の受け止め方

2017年7月31日

margaret-thatcher-67746_960_720このところ女性政治家の話ばかりになりますが、先日、女性大臣と女性党首が辞任しました。

私は政治家の女性たちを、この最も保守的な世界において重責を担うのは、大変だろうなあ、辛いだろうなあ、自分であったらと置き換えて(図々しく)心境を察していました。

政治的なことや良い悪い、好き嫌いは別として、そういう立場に対する共感と同情です。

しかし、辞めた二人とも辞意表明のあとにニッコリ微笑んだのを見て「私とは違った・・」とあらためて女性をひとくくりにする危険性と違和感を感じています。

 

さて、思うように物事が進まなかったり失敗をしたとき、あなたはどのような反応を示しますか。

①運が悪かったと思う、②時機が悪かった、いつかまたやれるだろうと取りあえず忘れる、③自分の能力不足や準備不足を悔やむ、④他人のせいにする。

私は③の自分のせいにしてくよくよするタイプですが、これは私に限らず女性の多数にある傾向だそうです。

コーネル大学の心理学者ディビッド・ダニング博士の調査によると、難しい課題にぶつかって解決出来なかったとき、男性は「ああ、この課題は難しいぞ」と外的な要因にするのに対して、女性は「やっぱり私は優秀ではないんだわ」と自分のせいにする傾向が見つかったそうです。

男性は物事を受け流し、自分で背負いこまず「時と場所が悪かった」と考えるのに対して、女性は「私は何を間違えたのだろう」と考えこむそうです。

その結果、女性はもっと勉強しなければと完璧主義に走り、完璧になるまでは手を上げたり意見を言うことが出来ない。

何故、こうした男女差があるのかというと、どうも脳の作り方が影響しているようです。

女性は男性よりも脳を広く使った物事を考えるので、色々な要素を吟味して結び付けて考えてしまう傾向があるそうです。

だから、女性は共感力や強調性があり、直感も働くそうです。

そう理解すると、女性が能力が不足しているのではなく、単純に女性がより深く考えているだけなのだと分かります。

気にしているかいないかの違いで、能力の差ではない。

じっくりと考える力は強みです。

他人のせいにする人よりは、自分自身を反省する人のほうが好感は持たれるのではないでしょうか。

 

さて、辞めた女性政治家二人について、ある女性評論家はこう表現していました。

「彼女たちの問題は能力のあるなしではありません。彼女たちに人がついて行くと思いますか? 誰もついて行かないでしょう?」

まさにそこだと思います。

どんなに優秀であるかは、経歴と発言からしか知り合いでなければ計り知れません。しかし、私たちは、どんな服を着て表情をして、話し方をして、どんな雰囲気を醸し出しているかから、その人となりを敏感に感じ取ります。

女性であるとか男性であるとかではなく、安心して着いて行きたい人であるか、信用出来る人なのか、を私たちは全身から発されるメッセージで判断しているのではないでしょうか。

 

組織で成功するためには、折れそうな心ではなく、鋼のような心が時に必要。

でもそれは、自分を必要以上に痛めない鋼の心であって、他人の痛みを感じない鋼の心であってはなりません。

優しすぎることはリーダーにとってはマイナスと思われていた時代もあります。

リーダーは、厳しい状況での判断が求められるから、優しさは邪魔と思われていたのかも知れません。

しかし現代のように「働き方」が問われ、作業がAIにどんどん置き換えられる時代であるからこそ、人間の感情がフル活用される必要があるのではないでしょうか。

感じることが出来ないならAIでいいのですから。

女性の感受性はますます強みになっていくでしょう。

 

まだまだ、ロールモデルが少ない女性リーダー。

女性を否定することでもなく、女性を売り物にするのでもなく、共感する心をもっともっと恐れず見せる女性が登場して欲しいと思っています。

(YK)

参考図書;

「ガラスの天井」が破れる瞬間ー女性の成功哲学ー シャロン・レクター著 さこ書房

なぜ女は男のように自信を持てないのか   キャティー・ケイ&クレア・シップマン著 CCCメディアハウス

 

イタリア式コミュニケーション

2017年7月16日

Gentlemen先日、イタリアのファッションの会社で働いていた頃のイタリア人の同僚と10年ぶりに再会しました。

私が知っている男性の中ではもっとも素敵だなあと思う男性の一人で、初めて会った時は仕事ながら心ときめかしたものです。

彼は元々ホテルに勤めていたこともあり、イタリア人でもことさら人とのコミュニケーションが上手でした。

たとえば、朝、顔を合わせるたびに「Good morning, Yayoi ! You look so beautiful in black dress today  !」(おはようございます! 今日は黒いドレスが素敵だね!)というような会話から始まります。彼だけではなく彼と一緒の職場の男性もまた同じでした。

久しぶりに会えば、「素敵な服が似合っている!何故君はいつも素敵なのだろう」なんてことを平気で言うのですから、最初の頃はドキドキしました。

もちろん、誰にでも言っているわけで社交辞令ではあるのですが、その時の表情はちゃんとこちらの目を見て賞賛の表情を忘れません。

段々慣れてくると「イタリア人は調子がいいわ」と思うようになるのですが、それでも朝一番から褒められれば悪い気はしないもので、楽しい気持ちになります。

そして、そう言ってくれる彼には良くしてあげようという気持ちになりますし、彼らと会うときはお化粧も手抜きが出来ないと思ってしまいます。

ちなみにこの時の会社はファッション業界ですから、オシャレを誉められることは理にかなっているのです。

 

さて、ホテルのコーヒーショップで10年ぶりに再会した彼は、素敵でしたがやっぱり10年の月日を重ねていました。さらにショックだったのは、今回、最後まで「You look so beautiful」という言葉は彼の口から出なかったこと。やっぱりオバサンになっていると思ったんだ、ととってもショックでした。

かつてのコメントは社交辞令ではなかったのか、と思い直そうと風雑な気分に。最近、手抜きをしていたかも知れない、それに彼を褒めることもしなかった、と悔やんでいます(笑)

 

 

ファッション業界に限らず、この褒める習慣は日本の企業でももっとあってもいいのではないかと思います。男性が女性を褒めるばかりでなく、女性も男性をもっと褒めても良いのではないでしょうか。お互いに、褒めあうことはお互いを見ている証拠ですし、何より良い気分になれるからです。そして自分に良いコメントをくれる人は、敵でないと感じられますね。

日本の男性でも女性を褒めててくれる人は、もちろんいます。特に社長さんや部長さんなど親愛を示してくれる人はいますが、気を付けたのは、女性を褒める時は女性のいる前。

一人を褒めることで他の人が落とされて感じることもあるからです。女性は敏感です。

 

 

そんな事を考えていると別のニュースを耳にしました。

トランプ大統領がフランスを訪問した際に、マクロン大統領夫人のブリジット氏に対して会うといきなり「いいスタイルをしていますね!」とコメントしたと言うのです。これはトランプ大統領が女性を物として見ているだとか、セクハラだということで大非難されているようです。どこが失敗だったのでしょう。

相手を褒める時は、相手が何か努力をしていたり工夫をしているところを褒めてあげるのがコツです。ファッションセンスや表情は本人の工夫で変えられます。しかし、体形そのものは、いくら体形を保つには陰には努力があるとはいえ、あからさまで失礼です。また、その時の表情や仕草にもブリジット氏への敬意が感じられません。

誉めるのにもTPOをふまえなくてはいけないし、センスがいるのです。そして、日頃の行いも影響するのです。トランプ大統領は女性蔑視ではないかというイメージがそもそもあるので、こうした行動はすぐにやり玉にあがります。

誉め方にも品位が必要なのです。

 

 

往々にしてよく人を褒める人は、褒められることも好きな傾向があります。男性については、ネクタイの柄や洋服の色合わせを誉めると間違いがないようです。

たいてい、工夫をしているケースが多いからです。モノトーンの柄のネクタイをしている男性に「シャープで素敵ですね」とコメントしたら「貴社のカンパニーカラーに合わせて選んで来ました」と言われたことがありました。途端にお互いの好感度が増したことがありました。

褒めたら褒めっぱなしではなく、もう一度、「とってもお似合いです!」と念押ししてあげると良いですね。良い行動はきちんとフィードバックしてあげることが人を育てる基本です。相手はさらに磨かれていくでしょう。

 

 

自分の周囲にはオシャレな男性がいない、会社の女性は不愛想だ、とう声を企業に勤務する人から良く聞きます。是非、褒めることから始めてください。

褒めてくれる人がいる、見られている、と思うと努力をするようになります。人は見た目でないというけれど、人の判断材料はまず外見です。連休があけたら、隣の席の同僚をまず褒めてあげてみてください。きっとあなたに対して優しくなりますよ。

YK

職場に花を咲かせろと言われても・・・

2017年3月31日

職場の花毎月行っている女性対象の公開セミナーには

自ら手を上げて参加する方と

上司の指示で参加する方がいます。

セミナーの冒頭で「上司」「同僚」「自分」からの期待を考えてもらいます。

上司から言われて参加したという方に上司の期待を聞くとよくあげられるのが

ムードメーカーとしての役割です。

「職場の雰囲気をよくして欲しい」

「明るく振舞ってモーチベーションを見せて欲しい」

「人を育てて欲しい」

などなど。

ある方は「もっとにこやかな顔をしろ」と言われたと話し

仕事はきちんと成果を出しているのだから、、と不満を見せていました。

成果だけでは十分ではなく、女性にはチアリーダーの役割を求めている上司が

まだまだいるようです。

もっと言えば、「職場の花」が管理職になったら

花咲かおばさんになることを期待されるのでしょうか。

 

 

こうした期待に居心地の悪さを感じているのは

たいていが仕事をプロフェッショナルにとらえている女性です。

特に研究職の女性や職場での成果目標が明確である立場にいる方は、

自分の役割をきちんと行い、成果を出しているのだから

リーダーになったからと言ってそこを期待しないで欲しいというのが本音です。

「やることをきちんとやっているんだから、それ以外に何が必要なの」

そう思って当然です。

確かに、男性リーダーであったら「もっと笑顔で明るく振舞え」

などとは言われないでしょう。

 

 

考えてみると、女性は子供の頃からそのような期待を寄せられて育っています。

特に男女共学の学校であれば、女の子はやんちゃではなく従順で周囲へ優しさを示すことを

奨励され、勉強を一生懸命やっていれば褒められます。

どうも、企業で働く女性に聞くと、まだこの期待は学校を卒業してからも女性に対して向けられ続けているようですが

それに加わって自分のことだけではない、他の人も育てたり雰囲気をよくすることまで加わります。

(逆に女子だけの学校で育った女性には女性の役割は違和感があるのかも知れませんね)

またその上に、企業で働くには、論理的であったり戦闘的であったり、攻撃的に意見を交わす力も求められます。

社会におけるジェンダーの不均衡の種は小学校時代の教室でまかれている、と

米国の報道記者のキャティー・ケイは言います。*

驚くことに、日本だけではなく、多くの国の管理職の女性が相反する期待に戸惑っているようです。

 

女性であるからと言って、一人一人が異なります。

どうも一人の女性に全てが期待されているように感じます。

成果以外の期待をリーダーシップという名前のもとあからさまに期待をする上司と

(だってリーダーシップとは職場に花を咲かせることではないでしょう)

また期待に応えなければと敏感に感じすぎてしまう女性自身の特性、

双方がやっかいな課題です。

 

とはいえ、社会はやはり学校の延長ではありません。

一生懸命成果を出している、だけでは十分ではないのです。

てんこ盛りで寄せられる期待を理不尽と感じているだけでは双方に進歩がありません。

そこでもう一度考えて頂きたいのが、ドラッカーの5つの質問です。

1.私の使命は何か

2.顧客は誰か

3.顧客の価値は何か

4.私の成果は何か

5.私の計画は何か

 

職場は学校ではありません。

一所懸命勉強だけしていれば、褒められるわけではないのです。

自分が社会で使命を達成するためにすべきことは何なのか。

自分自身への期待は何なのか、

そう考えた時に、自分自身が変わらなければならないことは多いにあるでしょう。

他人の期待をただ受け止めるのではなく、

その期待のそこにある本当の目的、自分とも共通する道を探したいものです。

また、期待を感じたら自分へのフィードバックとしてそれを確認する作業、

これが自分を旬にし続けるために必要です。

 

全部を満たすことは誰だって出来ませんが

足りない点は何か、それを補うことは何か

相手の期待を知ることは自己変革への重要なヒントです。

YK

*「何故女は男のようい自身をもてないのか」キャティー・ケイ&クレア・シップマン著